現役引退後は苦労の連続だった山本浩二監督【球史に名を残した偉人達】|【SPAIA】スパイア

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現役引退後は苦労の連続だった山本浩二監督【球史に名を残した偉人達】


「ミスター赤ヘル」黄金の現役時代

広島東洋カープの代名詞といえば山本浩二選手・元監督だ。山本選手は法政大学出身、大学野球で大活躍し、ベストナインに選ばれるなど、田淵幸一選手、富田勝選手とともに「法政三羽ガラス」と呼ばれ、大学野球界のヒーローとなった。
山本選手はその後、出身地である広島カープに入団。「大器晩成型」と言われながらも、入団5年ほどで頭角をあらわし、75年には初優勝に大きく貢献したのだ。その年を含め5度のリーグ優勝、3度の日本一においても欠かせないバッターとして、ホームランはもちろん、引退に至るまで高い打率を誇った。
プロ通算成績は2284試合、2339安打、536本塁打、打率.290で、本塁打数は大学出身者で最高記録、本塁打王4回、打点王3回、最優秀選手2回、10年連続ゴールデングラブ賞受賞など、驚くべき記録を保持している。その功績をたたえ、山本選手が背負った広島カープの背番号「8」は永久欠番となった。
86年には、まだその年には27本もホームランを放っていたものの、持病の腰痛もあり大変惜しまれつつ引退した。その後は監督として広島カープを牽引する存在となる。

広島カープ監督就任 第1期

山本浩二氏は引退後、解説者や評論家として暖かい広島弁を操る姿がテレビでもよく見られるようになった。
引退から3年後の1989年から山本氏は、広島東洋カープの監督に就任する。1989年、1990年は2位、そして1991年には広島はリーグ優勝を果たす。「投手王国絶頂期」といわれ、佐々岡真司選手は最多勝と最優秀防御率、川口和久選手が最多奪三振、北別府学選手も最高勝率、大野豊選手は最優秀救援と投手タイトルを独占し、驚異の投手力で他チームを圧倒した。
黄金時代を知る投手陣と達川光男捕手のバッテリーも優勝に導いた要因と言えるだろう。前田智徳選手も最年少でゴールデングラブ賞を受賞する守備力を見せた。のちに監督にもなる野村謙二郎選手も盗塁を次々と決めるなど、粘り強いチーム力を発揮しての結果だった。
広島は日本シリーズでは3勝2敗で王手をかけたものの西武ライオンズに敗戦し、日本一とはならなかった。この優勝を最後に、2016年まで25年もの間、カープはリーグ優勝から離れることになる
1991年の優勝を振り返るにあたり、当時の山本監督にとって津田恒実選手の存在が忘れられないと後に語っている。7月上旬、発表では「水頭症」とされていたが、実は津田選手は悪性脳腫瘍だった。「ツネのためにも頑張ろうじゃないか」と、津田選手に対する思いがチームをまとめたのだ。
親友だった星野仙一監督の率いる中日との優勝争いを制し、リーグ優勝。みんなの心の中で戦ってくれた津田選手は優勝の二年後に亡くなった。山本監督は「彼を抜きに91年の優勝は語れない」と当時を思う。
粘りを見せた優勝から一転して1992年は4位に転落、1993年は最下位の苦汁を飲むと、責任をとって山本監督は監督を辞任することになった。

広島カープ監督 第2期

山本監督は2001年から監督に再び就任する。背番号「8」を監督として復活させたことにファンは喜んだ。しかし、この山本監督の着任期間、広島は一度もAクラス入りを果たせず、2005年には最下位の苦渋を再び飲むと、責任をとって山本監督は辞任する。
その後FA制度の導入があり、カープからは主力選手である江藤慎一選手、金本知憲選手と時間を掛けて育てた4番打者が他チームに移籍するばかりとなり、チームは「5位が指定席」といわれる、長い暗黒期と言われるに突入していく。

オリンピック日本代表コーチ就任

山本氏は監督を辞任した後に解説者に復帰した。
その後の2007年に、北京オリンピックの日本代表チーム守備・走塁コーチに就任する。ドラフト同期でプライベートも仲が良いと言われる星野仙一監督、大学から親友の田淵幸一ヘッド兼打撃コーチと同じユニフォームを着る就任だった。
しかし8月、前半戦を戦って故障者や調子の悪い選手もおり、この年の北京オリンピックで日本代表は4位に終わった。
この敗戦で星野監督を始めとした首脳陣は大バッシングにもあっている。その失敗を後のWBCでの監督に生かしたとも言えるだろう。

2013年WBC監督就任

2012年に山本氏は日本代表、侍ジャパンの監督に就任し、2013年春のWBCに挑む。背番号は「88」となった。第2回WBCでは原辰徳監督のもとでイチロー選手の劇的なタイムリーで優勝。山本監督には三連覇の期待はかかった。日の丸を背負ってのWBC参戦は偉大な成績を残したミスター赤ヘルといえど「大変なプレッシャーがあった」とのちに語っている。
対ブラジル戦、対中国戦で苦戦した侍ジャパン。2次ラウンドの対チャイニーズタイペイ(台湾)戦でもギリギリのところで鳥谷敬選手が盗塁を決め井端弘和選手がタイムリーを打つ奇跡的な逆転劇と準決勝進出前から苦戦が続く。
その後アメリカに渡り、暑いフェニックスでの試合、サンフランシスコでは体感気温5度の過酷な環境での試合、時差もあるなかで選手達の負担も大きかったとも語る。
準決勝のプエルトリコ戦に1-3で敗退し、新聞にも大きく報じられたことで、「ショックで二日外に出られなかった」とも後にコメント。しかし「作戦や結果に悔いはない」「充実した短期間を過ごせた」とも語り、監督としてやりきった気持ちが勝った。

再び解説者として

2008年に野球殿堂入りを果たし、WBC監督も経験した山本氏は、再び解説者としてテレビに戻る。
2016年シーズン、広島カープは山本監督が成し遂げた91年のリーグ優勝から25年ぶりにリーグ優勝を決める。2015年の感動的な黒田博樹投手のメジャーから広島へのカムバック、「カープ女子」という言葉が一般的になった広島は、打撃、守備ともに一流のチームになった。
「野球がうまくなるためにはキャッチボールが大切」と語り、選手の力を伸ばす粘り強い育成力は山本氏とカープというチームの共通点でもある。
選手時代から優勝を重ねてきた「ミスター赤ヘル」は、「(優勝の)ポイントとなるタイミングがあるはず。その時にチーム一丸となれるかが大切」と語っている。マツダスタジアムのみならず各球場を真っ赤に染めた2016年シーズンは、山本氏は解説者として大きな喜びに包まれることになった。

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