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日本一のサードはこうして生まれた?松田宣浩が残し続けた成長の跡

2017 6/28 09:44Mimu
野球 グローブ
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今や日本一のサードと言っても過言ではない松田宣浩

今やすっかり「熱男」の愛称でおなじみとなった福岡ソフトバンクホークスの松田宣浩選手。チーム内ではその明るいキャラで、ムードメーカーのような役割も担っている。WBCでもチームのまとめ役としての活躍が印象的だった。もちろん実力の方もかなりのもので、日本一のサードといっても過言ではない。

しかし、入団当時はケガが多く、守備でもかなり‘やらかし‘の多い選手だったことはあまり知られていないだろう。当時から能力は高かったのだが、絶対の信頼を置けるような選手ではなかったのだ。そこから努力に努力をかさね、ここまで成長してきた。今回は、そんな松田選手が日本一のサードへと成長し、世界と戦うまでになっていくまでの成長の軌跡を紹介していこう。

1年目から開幕スタメンも1軍では通用せず

松田選手は、中京高校(岐阜県)から亜細亜大学を経て、2005年の社会人ドラフト自由枠でソフトバンクホークスに入団した。いきなり背番号5を与えられ、非常に大きな期待がかけられる。松田選手もその期待に応えるよう、2006年シーズンの開幕スタメンに抜擢。94年の小久保裕紀さん以来、12年ぶりに新人が開幕スタメンに名を連ねた。

6月頃まではスタメンでチャンスが与えられていたものの、なかなか結果が出ずに2軍落ち。それ以降は1軍に呼び戻されることはなかった。1軍での成績は62試合に出場して打率は.211(204-43) 3本塁打 18打点というもの。下位打線とはいえ、物足りない数字だ。
それでいて、失策は9個に三振数は53個。3塁打3本というのは目を見張るものがあるが、まだまだ攻守において力が足りなかったのだ。2軍でも43試合で.252(163-41) 4本塁打 14打点。三振は40個で失策は5つという粗さの目立つ成績に終わる。

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