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アライバの名コンビでファンを魅了!荒木雅博のこれまでを振り返る


2000本安打の達成が待ち望まれる2017年シーズン

2016年までに積み重ねてきた安打数は1961本。2017年シーズンは2000本安打への期待がかかる荒木雅博選手。最近は若手選手も多く出てきてきたが、その存在感はまだまだ健在だ。
そして荒木選手といえば、2000本安打だけでなくその守備にも注目だ。広い守備範囲に、鮮やかなグラブさばき、捕球から送球までの無駄のない動きで、何度チームを救ってきたことだろうか。
いまやセカンドの守備といえばカープの菊池涼介選手が有名になってしまったが、荒木選手だってまだまだ負けてはいない。今回は、そんな荒木選手のこれまでを振り返っていこう。

他球団ファンにすら知られたアライバコンビ

やはり荒木選手を語るうえで、欠かせない存在なのが二遊間を組んでいた井端弘和さん(現読売ジャイアンツコーチ)だろう。2人のコンビは「アライバ」とも呼ばれ、数々の美技を披露してきた。中日ファンならずとも、プロ野球ファンならおなじみのコンビだった。2004年〜2009年まで6年連続で、2人そろってゴールデングラブ賞を獲得している。
そんな彼らの代名詞といえば、やはりあのプレーだ。センターに抜けようかというあたりを荒木選手がぎりぎりで捕球すると、そのまま井端さんへグラブトス。そして井端さんがそのままファーストへ送球して、バッターランナーをアウトにしてしまうのだ。2004年に初めて披露されたこのプレーは、以降もたびたび見られ、このプレーにもアライバという名前が付けられるようになった。
このプレーはもちろんお互いの技術力が必要だ。荒木選手も、井端さんも、お互いに球界の中では屈指の名手と言われているほど、高い守備力を誇っている。しかし、それだけではこのプレーを完成させるのは難しいだろう。実際に他球団の二遊間の選手たちがこのプレーに挑戦しているが、成功あり失敗ありと、なかなか安定はしていない。このプレーには技術だけでなく、成熟したコンビネーションが必要なのだ。

数年かけてつくり上げられたコンビネーション

このプレーが最初に披露されたのは2004年のことだが、実は2人が二遊間を組み始めたのは2001年頃からだ。井端さんが2000年頃から、荒木選手は2001年頃から1軍に定着している。当時はショートは福留孝介選手(現阪神タイガース)が、そしてセカンドは立浪和義さんがつとめていた。しかし、2000年頃からは守備で勝る井端さんがショートのレギュラーに定着。福留選手は外野へとコンバートされている。
荒木選手も2001年当初は外野としての出場が多かったものの、8月頃からはセカンドへ定着。守備範囲に衰えが見え始めた立浪和義さんをサードへ追いやってのレギュラー奪取だった。このように、2001年音8月頃からこのコンビが組まれているのだ。つまり、2004年の時点でコンビ結成3年目。あのプレーも、お互いの動きが手に取るようにわかっていたからこそ、完成させることができたのだ。
さらにアライバコンビで1,2番を結成していたというのも大きい。九回でも随一の走塁技術を持つ荒木選手と、右打ちにバントに何でもできる井端さんとのコンビネーションは、相手投手からすれば驚異的だったことだろう。

落合監督ものとでさらに才能が開花

そして、やはりこのコンビに大きく影響を与えていたのが、2004年から監督を務めた落合博満さんだ。就任当初から補強はせず、現有戦力の底上げでの優勝を掲げていた落合監督だが、特に守備力を重視したチーム作りも特徴だった。
キャンプで監督自身がバットを握り、選手たちにノックを浴びせる通称「地獄ノック」は、キャンプではおなじみの光景となった。選手たちの守備範囲ギリギリに、選手たちが音を上げるまで打ち込んでいくのだ。ノックの時から常に難しい打球を受け続けていたからこそ、実戦でのあのプレーが生まれたのだろう。
しかも単なる守備練習ではなく、バッティングに使う下半身をしっかりと鍛え上げる効果もあり、実際にこのノックを受けた選手たちの打撃成績は軒並み向上していった。
荒木選手も2002年には.259、2003年.238だった打率が、一気に.292にまで上昇したのだ。安打数も前年の99本から176本と急増。2006年には3割も記録した。出塁が増えるにともなって盗塁機会も増加していき、2005年には自己最多の42盗塁を記録している。もともと守備走塁には定評のあった荒木選手なのだが、落合監督の指導の下で打撃が開花し、ますます隙がなくなっていったのだ。

自身の打撃が好調なほどチームも好調に

そして打撃面で面白いのは、荒木選手の成績とチーム成績が比例関係にあると言うことだ。落合政権下で日本シリーズには5度出場しているのだが(うち1回はシーズン2位)、初出場となった2004年の荒木選手の成績は.292(602ー174) 3本塁打 44打点 39盗塁。そしてシーズン序盤から首位を独走して日本シリーズへ進出した2006年は.300(464−139) 2本塁打 31打点 30盗塁という成績だ。
シーズン2位ながらクライマックスシリーズを勝ち抜き、日本一に輝いた2007年は.263(457−120) 1本塁打 24打点と成績を落としてしまったが、それでも31盗塁で盗塁王を獲得している。そして、5年ぶりのシーズン優勝となった2010年にも.294(579−170) 3本塁打 39打点 20盗塁と好調な打撃成績だった。
さらに、2連覇を果たした2011年には.263(543−143) 2本塁打 24打点 18盗塁という成績を残している。一見すると成績を下げてしまったように見えるが、この年は統一球が導入されたこともあり、リーグ全体の打撃成績が下降している。本来なら.260前後あるリーグの平均打率が、この年は.242しかなかったのだ。そんな中でもチーム内首位打者という立派な数字を残し、チームを牽引した。
このように、守備でも打撃でも荒木選手がチームに与えてきた影響というのは計り知れない。それは今のチーム内でも同じだろう。ここ数年間チームは低迷が続いているが、もう1度チームを引っ張っていく姿を見たいものだ。

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