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【球史に名を残した偉人達】三冠王から球界革命・野村克也選手

2017 4/12 20:20cut
>バッターⒸShutterstock.com
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受け継がれるヘルメット

野村選手のエピソードとして有名なものに『ヘルメット』の話がある。野村選手の頭は大きく当時の日本にフィットするヘルメットがなかった。仕方なくサイズの合わないヘルメットを着用していたのだ。
1970年のシーズン開幕前にオープン戦として行われた日米野球であることを思いつく。来日していたサンフランシスコ・ジャイアンツの選手たちが着用しているヘルメットなら自分にも合うのでは?と考え全日程が終了後に用具係に頼み手に入れたのだ。
ジャイアンツのカラーは黒だったが南海カラーであるグリーンに塗装し着用し始めたのだ。これ以降、野村選手は1980年に西武を引退するまでこのヘルメットを着用し続けた。移籍したチームカラーに合わせ黒から緑そしてロッテでは黒、西武では青と塗装していたのだ。
野村選手の現役引退後は西武球団のロッカーに保管されることになる。倉庫で5年間眠りについていたヘルメット。それが蘇る日が来たのだ。1985年のドラフト1位で西武に入団した清原和博選手も野村選手同様に頭が大きく困っていたのだ。そこで、あてがわれたのが倉庫に眠っていたあのヘルメットだった。 清原選手は西武から巨人、オリックスと移籍するが野村選手同様に塗装しながら同じヘルメットを着用し続けたのだ。
野村選手は選手として様々なタイトルを獲得するなど偉大な選手だ。しかし、成績だけでなく様々なエピソードがあるからこそ親しまれているのだろう。選手としては『月見草』発言、監督としては『ボヤキ』などエピソードには事欠かない。こういうことからも野村選手は成績面だけでなく多くの面で記憶に残る偉大な選手だったと言えそうだ。

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