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変化できることが強み?ダルビッシュ有のピッチングスタイル

2017 4/12 20:20Mimu
ピッチャー
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ダルビッシュは速球派?変化球派?

平均球速は149km/h、さらにメジャー移籍後には最速159km/hを記録。この数字だけを見れば、ダルビッシュ有選手は速球派の投手なのだと考えるだろう。
しかし、その一方で多彩な変化球も持ち合わせており、日本にいた頃は毎年のように新たな球種を取り入れていた。速球派の一面を持っている一方で、変化球派の様相を見せることもあるのだ。いったいダルビッシュ選手はどのような投手といえるのだろうか。ダルビッシュ選手のこれまでのピッチングスタイルを振り返りつつ、その秘密に迫っていきたい。

高校時代から完成された投手

ダルビッシュ選手は高校時代から素晴らしい速球を持っていた。東北高校時代には1年生の時から147km/hを記録。さらに3年生の時には150km/hにも達していたという。この強力なストレートに、キレのあるスライダーやシンカーを織り交ぜていくというのが、当時のピッチングスタイルだった。
総合力の高さでは同世代の投手の中でもずば抜けており、甲子園へは2年の春から4期連続での出場。合計で12試合に登板し7勝をマークしている。しかも防御率はわずか1.47。3年生の春の選抜では、熊本工業相手にノーヒットノーランも記録しており、まさに怪物の名をほしいままにしていたのだ。

2年目には初の2桁勝利 チームの中心選手へ

プロ入り後も1年目から5勝を挙げる活躍を見せる。2年目の2006年には12勝をあげ、一気にチームの中心選手へと駆け上がった。
しかし、このあたりから少し投球スタイルが変わってくる。高校時代までは決め球として使っていたシンカーを使わなくなり、かわりにチェンジアップやフォークボールが増えていったのだ。本人曰く肘に負担がかかるとのことだが、これまでの決め球をあっさりとあきらめ、しかも新しい球種を短期間でプロに通用するにまで仕上げるのだ。当時まだ20歳ながら器用なところを見せていく。

次々に変化球を取得 その日によって1番いい球で投球を組み立てる

その後も次々と球種は増えていった。カットボールや縦のスライダー、スプリット・フィンガー・ファストボール(SFF)、ワンシーム、高速チェンジアップ、スローカーブなどなど。驚くべきなのは、そのすべてのボールが決め球として使えるレベルにあるということだ。普通はどれだけ器用な選手でも、これだけの球種を実戦投入している方は多くない。どうしても腕の振りに癖が出てきてしまったり、コントロールが甘くなってしまったりしてしまうからだ。しかし、ダルビッシュ選手はこれだけの球種をしっかりと操り、ピッチングを組み立てていた。
また、これだけの球種を1試合の中で使うのではなく、その日に1番いい球を軸にピッチングを組み立てていくという。ある日はスライダーを中心に投げたり、またある日はカーブやチェンジアップを多く使ったり。たとえ他の球があまりよくなくても、それ以外の球で押さえることもできる、これが日本時代のダルビッシュ選手のピッチングスタイルだった。調子の悪い日でも大崩れすることはなく、きっちり中盤まで試合を作ることができる投手だった。こういった高いアドリブ力や修正能力が、ダルビッシュ選手の最大の武器であり、プロで成功できた要因だろう。

怪我をしながらも巨人打線を抑え込んだアドリブ力

特にダルビッシュ選手のアドリブ力が顕著に現れていたのが2009年の日本シリーズかと思う。この年のダルビッシュ選手は、オールスターで右肩を負傷してしまい、なかなかそれが完治せず、8月に登録抹消となった。しかし、深刻だったのは右肩だけでなく、右手人差し指の疲労骨折や、腰痛などにも悩まされており、とても投げられる状態ではなかったのだ。しかし、チームが日本シリーズに進出した以上、エースとして登板する。
このときのダルビッシュ選手は普段のピッチングフォームを封印し、ステップの小さいコンパクトなフォームで巨人打線に挑んだ。普段は投げないような100km/h台のスローカーブを中心にピッチングを組み立て、要所ではストレートも使っていく。それでも最速は149km/hを記録し、三振も7個奪った。結局6回2失点にまとめ、チームを勝利に導くのだ。とても右人差し指が骨折しているとは思えないほどの投球だった。おそらくこういったピッチングをしたのは、後にも先にもこのときだけだろう。
しかし、アドリブ力の高いダルビッシュ選手だからこそ、たった1回のピッチングをここまでレベルの高い内容にまとめられたのだ。

ウエイトトレーニングでさらに磨かれたストレートも一級品

変化球だけでなくストレートも一級品だ。特に2010年から2011年にかけて、平均球速が3キロもアップしている(146km/h→149km/h)。メジャー移籍後には最速で159km/hを記録した。しかし球速に関して言えば天性のものではなく、努力によってアップさせたという側面が大きい。プロに入ってから積極的にウエイトトレーニングを行い、肉体改造によって球速をアップさせた。
ダルビッシュ選手がすごいのは、きちんと勉強してピッチングに必要な筋肉を効果的に鍛えているというところだ。トレーニング方法には相当なこだわりをもち、ブログやツイッター、インスタグラムなどには、トレーニングに関する投稿がいくつかアップされているほど。高校時代は80kgほどだった体重も、今では100kgを超えるまでに増加した。このウエイトトレーニングを取り入れる以前のダルビッシュ選手と、取り入れて以降のダルビッシュ選手を見比べてみると、ユニフォームの上からでもハッキリと分かるくらい、体が大きくなっている。
またトレーニング法だけではなく、栄養管理も自分で勉強して取り入れた。その知識量は専門の管理栄養士さんも驚くほどだとか。食事の種類だけでなく、食事の回数やサプリメントの使い方にも非常に強いこだわりを持っているそうだ。

ケガの期間を経てさらにパワーアップしたストレート

何よりすごいのが、2016年になってもそのストレートはさらに進化を続けているということだ。ダルビッシュ選手は、2015年シーズンの開幕前に右肘の靱帯を損傷しており、7月にはトミー・ジョン手術(靱帯の移植手術)も受けた。この手術は、日本で言えばヤクルトスワローズの館山昌平選手らが受けており、もう一度投げられるようになるには長いリハビリを要する手術だ。そのため、ダルビッシュ選手も2015年シーズンを棒に振り、リハビリに専念。そして2016年シーズンの途中から復帰した。
復帰したダルビッシュ選手のストレートは圧巻だった。復帰の初戦で158km/h、さらに復帰2戦目では159km/hを記録したのだ。ダルビッシュ選手はリハビリ中も、その独自の理論を元にしっかりとウエイトトレーニングを行っており、一回りほど体格を大きくしていたのだ。手術前と変わらないどころか、さらに力強さを増していた。
さらにその変化は球質にも表れた。ストレートの回転数までアップしたのだ。以前よりもさらに浮き上がるような軌道を描き、多くの打者のバットが空を切った。それまではダルビッシュ選手の決め球はスライダーで、最も奪三振率が高かったのもスライダーだった。しかし、復帰後はストレートでの奪三振率がスライダーよりも高くなったのだ。徹底したウエイトトレーニングの結果、ケガ前よりもさらにパワーアップした。

ダルビッシュは型にはめるのがまちがい

このようにダルビッシュ選手は、ずっと進化を続けている。日本時代はどちらかと言えば変化球投手で、たくさんの球種の中からその日の1番を軸にピッチングを組み立てることができる選手だった。
しかし、今ではメジャー屈指のストレートを持つ速球派投手のようなピッチングをしている。こうしてみると、ダルビッシュ選手を速球派や変化球派といった型に当てはめることの方が間違いなのかもしれない。そのときに合わせてスタイルを変化させることができるのがダルビッシュ選手のすごさだ。もしかしたら来年には全く違うピッチングを見せてくれるかもしれない。

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