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外国人選手に多い?プロ野球における背番号42とは

2017 3/3 18:51cut
ジャッキーロビンソン、mlb
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Photo by Aspen Photo/Shutterstock.com

背番号42はメジャーリーグでは全球団の永久欠番になっており、現在は着用することができない。 その影響もあり、日本にやってきた外国人選手は背番号42をつけることが多くなっている。 そんな背番号42について見ていきたい。

背番号42の象徴ジャッキー・ロビンソン

メジャーリーグにおける背番号42は唯一全球団で永久欠番となっている。これは有色人種として初めてメジャーリーガーとなったジャッキー・ロビンソン選手が背負っていた番号だからだ。 ジャッキー・ロビンソン選手は、数々の差別を受けながらも1947年にメジャーデビューを果たし、10年間メジャーの舞台でプレー。MVP、新人王、首位打者、盗塁王など数々のタイトルを手にした。
この有色人種差別を乗り越えたジャッキー・ロビンソン選手の功績をたたえ、1997年4月15日に背番号42が全球団共通の永久欠番に制定された。2004年には4月15日をジャッキー・ロビンソン・デーとし、毎年全選手が42を着用してプレーする日となった。

2016年シーズンに背番号42を付けていた選手

2016年シーズンに背番号42を着用していた選手を見ると、12球団中7球団が外国人選手、4球団が日本人選手、1球団が空き番号となっている。やはり半数以上の球団が背番号42を外国員選手に渡しており、人気の高さが窺える。
その中で、東京ヤクルトスワローズは2016年に坂口智隆選手が着用していた。過去を振り返ってみても背番号42を着用しているのは日本人選手が多くなっており、球団によって考え方の違いなども見受けられる。各球団の変遷を探ってみるのも面白いかもしれない。

4月2日生まれマーク・クルーン選手

2005年シーズンから横浜ベイスターズに在籍してクローザーとして活躍したマーク・クルーン選手は、日本では背番号42を背負った。アメリカではつけることのできないということだけではなく、自身の誕生日が4月2日ということも背番号42を選んだ1つの要因だったようだ。その後、読売ジャイアンツに移籍した際も背番号42を着用している。
マーク・クルーン選手は日本で当時史上最速となる162キロを達成し、速球派の投手として名が知られている。ハンバーガーばかり食べていることも取り上げられており、「札幌ドームでハンバーガーを売ってないことに怒った」という報道もあったほどだ。

3球団で活躍したトニ・ブランコ選手

2009年に中日ドラゴンズに入団したドミニカ出身のトニ・ブランコ選手が与えられた背番号は42番だった。初年度から39本塁打、110打点の二冠王を獲得するなど大きくチームに貢献する。翌2010年シーズンも32本塁打を放つなど、リーグ屈指の強打者として認められる。
その後、ケガもあり、2013年に横浜DeNAベイスターズ、2015年にオリックス・バファローズへ移籍するが、移籍後の球団でも42番を背負っており、背番号42に対する思い入れが感じられる。

沢村賞投手クリス・ジョンソン選手

2016年シーズンに外国人投手としては52年ぶりとなる沢村賞を受賞したクリス・ジョンソン選手(広島東洋カープ)の背番号も42番だ。クリス・ジョンソン選手は、来日1年目となる2015年から背番号42を背負っているが、実は広島の背番号42をつけた2人目の”ジョンソン”なのだ。
広島には1987年にランディ・ジョンソン選手が在籍しており、当時の背番号が42番だったが、1年で背番号42から背番号5に変更となっている。この当時の背番号42は、まだメジャーリーグでも永久欠番になっていなかったこともあり、思い入れが強くなかったのかもしれない。

まとめ

背番号42は外国人選手の着用が目立つ。 日本人は42を”死に”番として認識してしまうことも、着用選手が少ない理由の1つかもしれない。 選手の背番号にも注目するとプロ野球がよりいっそう楽しく観戦できる。

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