阪神タイガースの名試合1985年4月17日
この日甲子園球場では読売ジャイアンツと対戦した。読売ジャイアンツの先発投手槙原寛己選手から3番ランディーバース選手、4番掛布雅之選手、5番岡田彰布選手が3連続ホームランを放ったことにより開幕ダッシュをすることができた。3本ともバックスクリーンへ運ばれた3連打が決め手となりチームを勝利へと導いた。
この3人と1番の真弓明信選手を加えた強力打線は第2次ダイナマイト打線と呼ばれ、大いに試合を盛り上げた。
Photo by Evgenii Matrosov/Shutterstock.com
阪神タイガースは長い歴史の中で多くの名試合が生まれた。たくさんの名試合がある中、熱い気持ちがこみあげてくる試合を5戦、厳選して紹介する。
この日甲子園球場では読売ジャイアンツと対戦した。読売ジャイアンツの先発投手槙原寛己選手から3番ランディーバース選手、4番掛布雅之選手、5番岡田彰布選手が3連続ホームランを放ったことにより開幕ダッシュをすることができた。3本ともバックスクリーンへ運ばれた3連打が決め手となりチームを勝利へと導いた。
この3人と1番の真弓明信選手を加えた強力打線は第2次ダイナマイト打線と呼ばれ、大いに試合を盛り上げた。
この年は8月12に発生した日本航空123便墜落事故によって球団社長であった中埜肇氏が犠牲となった。そのために首位だったチームは大型連敗をして首位から陥落をした時期もあった。
この日行われたのは神宮球場で行われたヤクルトスワローズとの一戦だった。21年ぶりとなるリーグ優勝が懸かった一戦で、ファンの期待も高まっていた。すっきり勝って優勝とはいかなかったものの引き分けでリーグ優勝を決め大盛り上がりとなった。
この日の試合は読売ジャイアンツとの対戦で甲子園球場で行われた。試合は激戦となり、延長試合になり、どちらも譲らない白熱した試合だった。
当時の監督は野村監督だ。延長12回裏、1アウトランナー1、3塁の場面でバッターボックスに入ったのは新庄剛志選手だった。投手は槙原寛己選手で、敬遠を選んだ。敬遠の球は普通は見逃すものだが1球目は見逃したものの2球目を打ってレフト前ヒットを打ち、さよならヒットとなった。
東京ドームで行われた読売ジャイアンツとの試合。同点で迎えた6回裏1アウト二塁で仁志敏久選手が打ったあたりは平凡なサードゴロで、三塁手の片岡篤志は捕って一塁へ送り、タイミング的にはアウトだった。二里ランナーだった斉藤宜之選手が三塁へ走ったので一塁手のアリアス選手が三塁へ送球したときに足がベースから離れた判断され、セーフとされアリアス選手が猛抗議をした。
当時監督だった星野仙一氏が飛び出して暴言を吐いたとして退場処分、それを聞いてコーチの田淵幸一氏もつかみかかり退場となってしまった。
この日はクライマックスステージの第2戦、広島東洋カープとの試合だ。9回2アウトの場面でマートン選手がライト前ヒットを打った。ネクストバッターは代打桧山進次郎選手だった。桧山選手は今季限りで引退を表明しており、もしもマートン選手がヒットを打たなければ現役最終打席は巡ってこなかった。ミコライオ選手の154キロの速球を完璧にとらえて2ランホームランを放った。
試合の結果は4-7で阪神が負けてしまったが、現役最後の打席を有終の美で飾ることができた。
阪神タイガースの名場面を紹介した。どれも印象的で阪神タイガースにとって名試合となっているものばかりだ。これからも阪神タイガースの選手たちの白熱した試合から目が離せない。