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プロ野球、1996年の巨人・近鉄間トレード、その経緯とその後

2017 2/21 19:13
野球
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Photo by TK Kurikawa / Shutterstock, Inc.

1996年のオフ、不動の中心打者として活躍していた近鉄バファローズの石井浩郎選手が巨人の2選手とトレードされた。 打点王にも輝いたスラッガーの巨人入りに、双方のファンは沸き立った。 トレードの経緯やその後の活躍などを振り返る。

石井浩郎選手は年俸大幅ダウンにトレードを直訴

石井浩郎選手は早稲田大学から社会人野球のプリンスホテルに入り、全日本の4番を務めるなどの実績から、1989年のドラフトで近鉄バファローズから3位指名を受けてプロ入りした。
入団1年目から主軸を任されて5年連続20本塁打を記録し、1994年には自己最多の33本塁打を打ち、111打点で打点王のタイトルを手にした。 しかし、翌年から2年間は怪我もあって出場が減り、1996年のオフに年俸の大幅ダウンを提示されたことでトレードを直訴。2か月後に巨人との1:2のトレードが発表された。

巨人の石毛、吉岡選手との1:2トレードが成立

石井選手のトレード話は連日のようにスポーツ紙を賑わせ、相手として巨人の石毛博史投手と吉岡雄二内野手の名が挙がり、予想通り近鉄と巨人の間で1:2のトレードが成立した。
石毛投手は1989年に銚子高校からドラフト外で巨人に入団。入団3年後から藤田監督に抑えとして起用されるようになり、1993年には最優秀救援投手のタイトルを獲得している。吉岡選手は1989年のドラフト3位で巨人に入団し、1994年にはイースタンリーグで本塁打と打点王の2冠に輝くも、1軍での出場機会には恵まれていなかった。

巨人移籍後、石井選手は主に代打で出場、3年でロッテにトレード

石井選手は自分の希望が通って巨人入りしたが、同じ1塁のポジションに西武から移籍してきた清原和博選手がおり、必然的に代打での起用を余儀なくされていた。その後、代打満塁本塁打を放つなどアピールする場面もあったが、巨人在籍3年で河本育之投手とのトレードにより千葉ロッテに移籍した。
ロッテに移籍後、1年目は4番を任されて活躍したが、若手の台頭により2年目は代打に甘んじ、オフには戦力外通告を受け自由契約に。2001年に横浜に移籍したが、成績低迷により2002年限りで引退した。

2人のその後に明暗、吉岡選手はいてまえ打線の主軸として活躍

石井選手との交換要員で近鉄にトレードされた2選手の活躍ぶりは対照的だった。
吉岡選手は移籍1年目から1軍での出場機会に恵まれ、2001年と2002年には26本塁打を記録して近鉄いてまえ打線の主軸として活躍、近鉄入団の8年後に楽天に移籍して、2009年に引退した。
一方、石毛投手は近鉄在籍6年間で9勝に終わり、2002年に戦力外通告を受けて阪神にテスト入団。阪神では2年間でわずか1勝に終わり、2005年に引退した。

石井氏は飲食店経営後、参議院選挙に出馬して政界へ

1996年のトレード対象となった3選手のうち、吉岡氏は富山の独立リーグで監督に就任し、石毛氏も関西の独立リーグ系のチームに関わる仕事に従事している。一方、石井氏は引退後に解説者や2軍コーチなどを経てもつ鍋店のオーナーとなっていたが、2010年の参議院選挙で自民党の公認を得て当選。政界に転身して2016年の選挙で再選された。
なお、石井氏は巨人に移籍した1997年にシンガーソングライターの岡村孝子さんと結婚した。その後離婚しているが、結婚に至る微笑ましいエピソードが当時のマスコミを賑わせた。

まとめ

1996年のトレードの発端を振り返り、その後の成績から引退、現在までをまとめた。 トレードによって巨人に移籍した石井選手、近鉄入りした石毛選手と吉岡選手は、それぞれの経緯をたどって引退し、現在は野球界と政界で別々の道を歩んでいる。

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