歴代ドラフト1位の選手〈1〉横浜DeNAベイスターズ編|【SPAIA】スパイア

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歴代ドラフト1位の選手〈1〉横浜DeNAベイスターズ編


野球

Photo by Andrey Yurlov / Shutterstock, Inc.

メジャーリーグへ日本選手が参加して活躍するようになった最近のプロ野球界だが、大洋ホエールズからはじまった横浜DeNAベイスターズの歴代の名選手たちの中にも渡米した選手がいる。まず、大洋ホエールズ時代の選手を中心に、歴代のドラフト1位の選手を紹介する。

他球団を渡り歩いて史上初の記録を持つ 野村収氏

駒澤大学時代から活躍をしていた野村収氏は、1968年のドラフトで球団の前身の大洋ホエールズに1位指名で入団したが、1972年には、ロッテオリオンズに移籍。移籍後は、14勝を挙げる大活躍をした。1974年には、日本ハムファイターズに移籍し、翌年の1975年に初はタイトルとなる最高勝率を獲得。1978年に、横浜大洋ホエールズに復帰し、最多勝とカムバック賞を受賞した。1983年には、阪神タイガースに移籍。先発ローテーションの一角を担った。
さまざまな球団に移籍を繰り返して、そこで結果を残してきたことによって、史上初の全12球団からの勝利投手となった。1985年には、セ・リーグ優勝を達成して、40歳の時、1986年限りで現役を引退をした。引退後も、阪神、大洋、オリックス、日ハムと多数の球団でコーチを務めた。

ドラフト1位で入団の強面ひげの 斉藤明雄氏

1976年ドラフトで大洋ホエールズから1位指名を受け入団し、1977年の1年目から開幕一軍入りをして、王貞治の本塁打世界タイ記録達成を阻止。この年の新人王を獲得した。1978年には、チーム名が横浜大洋ホエールズとなり、新本拠地となった横浜スタジアムでの公式戦勝利投手第1号となった。
トレードマークに口ひげを生やしてからは、ヒゲの斉藤と呼ばれるように。1981年からは、抑え投手になり、翌年の1982年には、リーグ最多セーブと最優秀防御率を記録。1983年には最優秀救援投手、196年には2度目の最優秀救援投手と多くのタイトルをとった。1988年には、先発投手に再転向して、右投手では日本プロ野球史上初となった。また、左右あわせても史上3人目の通算100勝100セーブを達成した。横浜DeNAベイスターズとなった1993年に現役引退を表明した。

歴代まれにみる奇跡の回復力で蘇った 盛田幸妃氏

1987年に入団し、翌年1988年には、1軍デビューをした。シーズン途中に、中継ぎに転向し、最優秀防御率のタイトルを獲得、佐々木主浩とダブルストッパーとして活躍した。1996年からは、再び先発投手に転向し、開幕投手を務めた。1998年からは、近鉄バファローズに移籍し、リリーフとして開幕から好投していたが、良性の脳腫瘍の摘出手術を受け、驚異的な回復力とリハビリで、翌年の1999年最終戦で一軍復帰を果たした。
2001年には、1082日ぶりの勝利投手となり、近鉄の12年振りのリーグ優勝に貢献した。オールスターゲームにも中継ぎ投手部門でファン投票1位で選ばれ、カムバック賞を受賞。2002年に現役引退後、球団職員として横浜に復帰したが、2015年に45歳で死去した。

横浜DeNAベイスターズ出身の正捕手といえば 谷繁元信 

横浜DeNAベイスターズ、中日ドラゴンズでも捕手と言えば 谷繁元信氏。1998年に入団をし、開幕一軍入り、初打席初安打と一年目から活躍をし、1998年には、38年ぶりのリーグ優勝・日本一に大きく貢献した。また、初のベストナイン、ゴールデングラブ賞、佐々木主浩と共に最優秀バッテリー賞も受賞した。
2001年には中日ドラゴンズに移籍し、2004年には、不動の正捕手としてリーグ優勝に貢献し、川上憲伸と共に2度目となる最優秀バッテリー賞を、日本シリーズでは、逆転満塁本塁打を放つ活躍をした。2006年には、8年ぶりにゴールデングラブ賞や、2年ぶりに川上と共に最優秀バッテリー賞を受賞した。これは、2年連続でセ・リーグ初のことだった。最終的に、ベストナイン1回、ゴールデングラブ賞6回、最優秀バッテリー賞4回という記録を残している。

ドラフト1位指名を一度は拒否したハマの大魔神 佐々木主浩氏

1989年に入団後、先発でも登板することもあったが、1992年からは完全にストッパーとなり、プロで初のタイトルとなる最優秀救援投手に輝いた。故障や手術などもあったが、1994年には、7者連続三振の記録を出し、この頃からハマに大魔神というあだ名がついた。1995年には、3年ぶりの最優秀救援投手になり、1億円プレイヤーとなる。
この後、4年連続となる最優秀救援投手賞を獲得して、1998年の日本シリーズの優勝にも貢献をしている。1999年にFA権を取得し、翌年2000年からはシアトル・マリナーズでプレーをした。アメリカンリーグ新人王に選ばれ、2002年には、史上最速となるメジャー通算160試合目での通算100セーブ到達を達成して、シーズン後には残り1年契約を破棄して退団をし、横浜に復帰をし、2005年現役引退をした。

まとめ

大洋ホエールズ時代からの選手を中心にまとめてみた。個性的な選手が多く、また記憶に強く残っている名選手ぞろいだ。

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