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広島東洋カープの18番を背負ってきた名選手5人

2016 7/31 18:20
18番
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長谷川良平投手

長谷川良平投手は、広島東洋カープの背番号18番を、エースナンバーにした名投手だった。愛知県の半田商工高を卒業した後、4つのノンプロチームで活躍していた。 1950年に広島カープの入団テストを受けたところ、何人ものバットをへし折り、入団が決定した。プロ野球選手としては小柄(167cm)ながら、再度スローから胸元を突くシュートを決め球に、バッタバッタと打者を切って取った。その姿から「小さな巨人」の異称で称えられている。
1年目から15勝(27敗)を挙げる活躍。1955年には30勝(17敗)で最多勝利投手賞を獲得。通算成績197勝208敗防御率2.65と、弱小球団に会ってみてはケタ違いの好成績を残している。

優勝請負人・福士明夫投手

1977年に、当時の広島東洋カープの古場竹識監督の希望で、南海ホークスに所属していた金城基泰投手との交換トレードにより、カープに移籍した。カープでは6年間背番号18を背負っていた。
ちなみに交換ドラフトの相手だった金城投手も、南海ホークスに移籍してからリリーフエースとして活躍。1979年、1980年と2年連続で最優秀救援投手に輝いており、成功したトレードの見本例のようになっている。 さて、福士投手の方も金城投手に負けず、先発投手として2度の15勝を記録するなど、1979年、1980年の2年連続の日本一にも貢献。赤ヘル軍団の一翼を担った。

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