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2011年に大きな話題となった、人気プロ野球選手のトレード

2017 1/25 19:28
野球
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Photo by Pam Walker/Shutterstock.com

2011年のプロ野球界。千葉ロッテマリーンズのサブロー外野手と、読売ジャイアンツの工藤隆人外野手のトレードが行われた。 当時人気選手だったサブロー外野手の移籍にファンは驚き、大きな話題となった出来事だ。

トレード発表。その内容とは

2011年6月に読売ジャイアンツは、千葉ロッテマリーンズのサブロー外野手(当時35歳)を読売ジャイアンツの工藤隆人外野手(当時30歳)とのトレードで獲得したことを発表した。
最初に持ち掛けたのはマリーンズからで「トレードは自分からジャイアンツに言った。マリーンズは若返りを図っている」と石川本部長が語っている。この頃のマリーンズは、西村監督の方針で守備力とスピードが重視されていた。
一方のジャイアンツは打撃陣が低迷。俊足選手を求めるマリーンズと打線の回復を図りたいジャイアンツ。双方の思惑が一致したのだ。

千葉ロッテマリーンズ「サブロー選手」とは

サブロー選手の本名は「大村三郎」で、チームに苗字が同じ大村巌選手がいたこととオリックスのイチロー選手にあやかり、登録名を「サブロー」とした。
1995年の入団以来、ロッテ一筋で「つなぎの4番」として活躍し、2005年には31年ぶりのリーグ優勝と日本一に貢献した。2010年も19本塁打・71打点を記録して、チームは日本シリーズを制覇している。
2011年は死球を受けて右手薬指を骨折し、出場登録を抹消されてしまったが、選手会長も務めるなど、人気・実力とも兼ね備えたマリーンズのスター選手だった。

読売ジャイアンツ「工藤隆人外野手」とは

工藤選手のプロ入りは2004年の北海道日本ハムファイターズだった。2007年には1軍のレギュラーに定着し、打率.288、9盗塁をマークしてチームの優勝に貢献し、2008年も104試合に出場している。 この年のシーズン後にトレードで読売ジャイアンツへ入団し、当時のジャイアンツには少なかった「俊足好守」を買われての移籍だった。
工藤選手は身長171cmと小柄な体ながら、俊敏な走りと守備の巧みさを活かして活躍してきたのだ。

ジャイアンツとマリーンズ。それぞれの狙い

当時、打線の低迷が順位下落と関係していると考えたジャイアンツは、勝負強さから「つなぎの4番」と称されるサブロー選手の獲得で、チーム内の競争を激化させようとしたのだ。原監督は迎えたサブロー選手に「胸を張ってプレーしてほしい」とメッセージを送り、大きな期待を寄せていた。
一方、チームの顔を手放すロッテマリーンズは「チームに変化を与えていかないといけない」と説明しており、限られた予算でチームを強化するため育成に重点を置いていたのだ。「守備力とスピード重視」と「チームの若返り」。一連のコメントから、この2つのキーワードが浮かんできた。

サブロー選手と工藤選手。それぞれの移籍後

サブロー選手は、ジャイアンツで選手登録された当日に早くも代打で出場し、初打席でホームランを放ってスタンドを沸かせた。その後も代打や守備、時にはスタメンとしても出場し着実なプレーで活躍した。シーズン後にはFA権を行使してロッテに復帰したため、ジャイアンツ在籍は154日間だけだった。
マリーンズの工藤選手は、移籍当初からスタメンでその姿を見せており、後半には代走と守備要員として出場した。2012年の出場は24試合で、2013年に戦力外通告を受けた後はトライアウトで落合博満氏の目に留まり、中日ドラゴンズに入団している。

まとめ

この年行われたトレードには、ロッテと巨人の双方に狙いがあったものだった。 チーム強化はもちろん重要だが、ファンとしては複雑気持ちにもなるだろう。しかしその背景には常に「良い成績をあげてファンを喜ばせたい」という思いがあるのではないだろうか。

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