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夢と感動と愛を与えた日本野球界の偉人5人

2016 7/23 23:12
元プロ野球選手のイチローⒸゲッティイメージズ
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Ⓒゲッティイメージズ

努力の人 王貞治

日本プロ野球において、日本国民全体に夢と感動と愛を与えくれた選手と言えば王貞治だろう。壮絶な努力によって「一本足打法」を確立し、1977年にメジャーリーグのハンクアーロンが有していたホームラン世界記録を塗り替える756号ホームランを放った。

プロ野球入団当初は優秀だったどころか、むしろプロとして不振を極めていた。何度となく血豆を潰しながら素振りを基本とした猛練習を重ね、遂に「一本足打法」を身に着けたのだ。世界的記録を樹立した「努力の人」という人物像が多くの国民に夢と感動を与えた。

ミスタープロ野球 長嶋茂雄

国民に多くの夢や感動を与えた球界のスター、「ミスタープロ野球」こと長嶋茂雄。公式戦のみならず、日本シリーズやオールスター戦でも通算打率で3割を超える偉業を成し遂げている。これを達成できたのは、長い日本野球史において今も尚、長嶋ただ一人。

長嶋が選手として誰からも愛される理由は、単にバッターとして優秀だったからという訳ではない。9回ツーアウトの敗戦濃厚な状況で劇的逆転サヨナラホームランを放つなど、ファンが「ここで打って欲しい」と願う場面で見事期待に応えてくれる。また、そういった活躍をし続けたことが多くのファンを魅了したのだ。

高額オファーを断り決断 黒田博樹

日米通算2,000奪三振を達成し、日本で118勝、メジャーリーグで79勝計197勝と、通算200勝投手に王手がかかった元広島東洋カープの投手黒田博樹も、多くの夢と感動を日米の野球ファンに与えた。

黒田が日本だけでなく、米国民にも感動を与える選手となったのは男気あふれた決断にある。2014年のシーズン終了後にFA宣言し、サンディエゴパドレスから日本円で約19億円という高額オファーをされたにも関わらず、それを断り古巣広島に年棒4億円で復帰するという決断を下したことはカープファンのみならず、米国ファンからも喝采を浴びた。

また、2015年に復帰した際は40歳という年齢にもかかわらず、11勝と二桁勝利をあげたため、多くの中高年層にも希望を与えた。

メジャーリーグへの道筋を開拓 野茂秀雄

日本では勿論、米国の野球ファンも熱狂させた選手として忘れてならないのが野茂秀雄だ。

日米通算で唯一200勝を達成した野茂の功績は、現在日本のプロ野球がメジャーリーグで活躍できるようになった道筋を切り開いたことにある。プロ野球評論家から「メジャーでは絶対に通用しない」と酷評され、1995年に孤立無援と言ってよい状況でロサンゼルスドジャースのマイナーリーグの選手として契約。自力でメジャーに昇格し、その年13勝をあげるという離れ業をやってのけた。

その結果、米国では野茂ファンが急増し日本人初のオールスター戦にも選出されるなど、実力で実績を積み重ねてきたことが日米の両国民に驚きと感動、勇気を与えてくれた。

初の米野球殿堂入り イチロー

日米通算3000本安打以上という偉業を成し遂げ、日本人として初の米野球殿堂入りを果たした現役名選手と言えばイチローだ。

前人未到の大記録を伸ばし続けたイチロー。彼の人気の高さは比類なきバッターとしての実績や仕事にかけるプロフェショナルな意識と思われがちだが、それだけではない。特にちびっ子ファンを大切にすることでも有名で、子供の気持ちを大切にする彼の姿が日米の国民を魅了した理由の一つでもある。

彼らは皆、天賦の才だけで栄光を掴んでいるのではなく、人知れず並大抵ではない努力を重ねたからこそ得た栄光であり、結果であることが理解できる。

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