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福岡ソフトバンクホークスの18番を背負ってきた名選手5人

2016 7/20 20:13
背番号18
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ホークスファン必見!
プロ野球でエースナンバーと呼ばれる背番号18。
ここでは福岡ソフトバンクホークス(前身の福岡ダイエーホークスを含む)で背番号18を継承してきた名選手5人を紹介する。

ホークスの18番・「山内トリオ」で売り出した山内和宏投手

福岡ソフトバンクホークスの前身、福岡ダイエーホークスの初代背番号18は山内和宏投手だった。山内和宏投手は、その前身であった南海ホークスに入団した1981年から、その後中日ドラゴンズへ移籍する1990年半ばまで約10年間もの間、背番号18を背負っていた。
山内和宏投手は南海ホークス入団直後から、同姓の山内孝徳投手、山内新一投手と「山内トリオ」として売り出されるなど、球団からの期待の大きい投手だった。入団3年目の1983年には18勝を挙げ最多勝のタイトルを獲得するなど、長年にわたりエース級の活躍を見せたが、1990年のシーズン途中に中日に移籍し、その後1993年に現役を引退した。

ホークスの18番・「清原を力でねじ伏せた男」渡辺智男投手

1994年から福岡ダイエーホークスの背番号18を背負ったのは、西武ライオンズから移籍してきた渡辺智男(わたなべとみお)投手だ。渡辺智男投手といえば、高校3年生の春に甲子園であの清原和博選手から3三振を奪ったことで一躍知名度を上げた。
社会人野球のNTT四国を経て、西武ライオンズに入団した渡辺智男投手は、入団後の4年間で31勝を挙げ、渡辺久信投手、工藤公康投手とともに西武ライオンズ投手陣の中心として活躍した。しかし、1994年に福岡ダイエーホークスへ移籍してからの4年間でわずか4勝と期待に応えたとはいえず、1998年にトレードで西武ライオンズへ戻り、その年いっぱいで現役を引退した。

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