「スポーツ × AI × データ解析でスポーツの観方を変える」

記憶にも記録にも残る!千葉ロッテマリーンズの歴代名助っ人外国人たち

2016 11/25 20:06
野球ボール,ⒸShutterstock.com
このエントリーをはてなブックマークに追加

Photo by Evgenii Matrosov/Shutterstock.com

現在のロッテではデスパイネが大きな活躍を見せているが、昔からロッテには名助っ人外国人選手がたくさんいてチームの勝利に貢献してきた。今回はそんな記憶にも記録にも残る外国人選手たちを紹介していく。

70年代後半?80年代前半のロッテを支えた助っ人外国人兄弟

まず紹介するのは70年代後半?80年代前半にかけてロッテを支えたレオン、レロン・リー兄弟だ。まず来日したのは兄レロンの方。77年のシーズンからロッテで活躍し、1年目からいきなり.317 34本塁打 109打点の大活躍。本塁打王と打点王を獲得する。そして翌年からは弟のレオンも入団し、2人そろってロッテの中心打者として活躍するのだ(ちなみに登録名は兄が『リー』、弟が『レオン』)。
圧巻だったのは80年。この年の2人の成績を見てみると

兄レロン: .358 33本 90打点
弟レオン: .340 41本 116打点

2人だけで74本206打点も稼いでしまったのだ。この年にはミスターロッテこと有藤道世や2年目の落合博満、晩年の張本勲なども在籍しており、超強力打線の一端を担った。

歴代屈指の成績を残した兄レロン、監督も務めた弟レオン

レロンの方はその後も87年までロッテで活躍。11年間で1579安打、283本塁打を記録した。この安打数は08年にタフィ・ローズに抜かれるまで、外国人選手としては歴代最多記録だった。しかし、やはり特筆すべきは打率だろう。11年間で9度の3割を記録。通算打率.320というのは、4000打席以上の選手の中ではいまだNPB最高記録だ。
レオンの方は、83年から大洋ホエールズ、86年からはヤクルトスワローズと3球団を渡り歩き渡る。しかしどの球団でも安定した成績を残し、87年までの10年間で8度の3割を記録。通算本塁打は268本塁打と、兄に負けないほどのパワーを発揮してくれた。03年にはオリックスの監督を務めていた時期もあった。 また成績もさることながら人柄も非常によく、特に後輩には彼らを慕って指導を仰ぐ人も多かったそうだ。ファンからの人気も高く、この辺りもロッテ史上最高の助っ人と呼ばれる所以なのだろう。

05年日本一に貢献したボビー・バレンタインの秘蔵っ子

次に紹介するのは05年に活躍した4人、ベニー・アグバヤニ、マット・フランコ、李承ヨプ、ダン・セラフィニだ。この年といえば、ボビー・バレンタイン監督の元、31年ぶりの日本一をはたした年だ。
4人が入団したのは04年のこと。韓国で56本塁打を記録し、鳴り物入りで入団した李承ヨプが慣れない環境で苦しむ中(.240 14本塁打50打点)、ベニーは3割30本100打点、フランコも様々なポジションをこなしながら130試合に出場するなど、1年目から安定した活躍を見せる。 セラフィニも当初はリリーフだったものの、中盤以降にはローテーションの一角を担当。防御率は4.13ながら、10度の先発で5勝をマークし、来年度への期待の高まる投球を見せた。

外国人も若手も中堅もベテランも!全員がかみ合った優勝

05年、外国人選手はもちろんのこと、野手では西岡や今江ら若手、福浦やサブローといった中堅、そして堀・小坂のベテラン陣らがうまくかみ合ったシーズンだった。投手陣も2桁勝利が小林宏之・清水直行・渡辺俊介・小野晋吾・久保康友・セラフィニと6人出るほど充実し、シーズンを2位で終える。
そしてプレーオフでは3位の西武を一切寄せ付けず、第2ステージへと駒を進め、ホークスとの直接対決を迎える。第1戦はセラフィニと杉内の投げ合い。この年の杉内は18勝を上げ、最多勝・最優秀防御率・沢村賞を獲得し、ノリにノッていた相手だ。しかしこの試合ではセラフィニが7回2失点の好投。打線も2-2で迎えた8回にベニーのタイムリーで2点を勝ち越し、下馬評を覆す大勝利!第2戦でもフランコの勝ち越しタイムリーでなどで2連勝!その勢いのまま4勝2敗でホークスを下し、日本シリーズ進出を決める。

阪神を圧倒した日本シリーズ

阪神との日本シリーズでは圧倒的だった。まず第1戦は今江・李承ヨプ・里崎・ベニーの4本塁打で快勝。2戦目もサブローにフランコに一発が飛び出すと、トドメは李承ヨプの2戦連発で2連勝。甲子園へ移動後も勢いは衰えず、3戦目は福浦の満塁本塁打などもあり、10得点で3連勝。4戦目もフランコのタイムリーのあと李承ヨプがシリーズ3本目のホームランを放つと、先発のセラフィニも6回途中2失点の粘りの投球を見せ4連勝!結局ロッテの総得点は4試合で33点、一方の阪神は4得点と、投打にわたり阪神を圧倒して31年ぶりの日本一を決めた。
その後、李承ヨプは巨人へ、セラフィニはオリックスへ移籍してしまうが、フランコは06年まで、ベニーは09年までロッテで活躍。特にベニーは先日のサブローの引退試合で、ビデオメッセージを送っていた。それだけ彼らの活躍がファンの心にも刻まれているのだろう。

まとめ

歴代監督の中でも、特にバレンタイン監督は外国人選手の使い方が上手だった印象がある。05年の外国人カルテットの成績はレロン、レオン兄弟ほど飛び抜けてはいなかったが、監督・選手が一丸となることで彼らがなしえなかった日本一を果たしたのだ。