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平成の西武ライオンズの名ピッチャーについて

2016 11/19 22:39
野球
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出典 https://thepage.jp

成績や印象と共に、振り返りながら常勝軍団・西武ライオンズをけん引した名ピッチャーを紹介する。

平成の怪物・松坂大輔投手

松坂大輔は平成の怪物として騒がれ、神奈川県の横浜高校で甲子園春夏連覇を成し遂げた後、ドラフトでの3球団競合を経て西武ライオンズに入団した。
入団してからも前評判通りの活躍をみせ、3年間で16勝、14勝、15勝というすさまじい勢いで勝ち星を量産。決め球は威力のあるストレートと切れ味抜群のスライダーで、在籍8年間で最多勝利3回、最優秀防御率2回、最多奪三振4回、そして沢村賞も受賞している。第1回WBCでも日本のエースとして大車輪の活躍を見せ、日本の初優勝に大きく貢献してMVPを受賞した。
その後、メジャーリーグに移籍し、ワールドシリーズ制覇を果たすなど、数々の実績から、和田毅、藤川球児など松坂と同世代の選手を総称して「松坂世代」と呼ばれるようになった。
近年はケガに悩まされているが、復活が期待されている。

工藤公康投手

入団は1982年で昭和だが、松坂以前の西武のエースといえば工藤公康だ。入団3年目にアメリカ留学をし、本格的に活躍したのは帰国後だ。1986、87年には2年連続で日本シリーズMVPを獲得している。
平成に入ってからも西武のエースとして2ケタ勝利のみならず、ストレートとカーブを巧みに使い分けながら2ケタ完投を続け、1991年にはチームを日本一に導き1993年にはパ・リーグMVPを獲得している。その間、最多勝利、最優秀防御率、最高勝率など、獲得したタイトルも非常に多いピッチャーだ。
その後も現役を長く続け、FAで移籍したダイエー(現・ソフトバンク)や巨人を日本一に導き、「優勝請負人」の名をほしいままにした。さらに横浜DeNA、そして2009年には16年振りに西武に復帰し、引退後は指導者の道を順調に歩んでいる。
2015年、秋山前監督の後を受けてソフトバンクの監督に就任。指導者1年目にもかかわらず、巧みな人心掌握と大学院で培ったコンディショニング術でパ・リーグ制覇、CS制覇、日本一という完全優勝を達成している。

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