「ワンポイント禁止」とは
2019年シーズンが始まる前の3月14日、MLB機構と選手会はいくつかのルール変更について合意に達した。そのうちの一つに、いわゆる「ワンポイント禁止」があり、それは野球の風景を一変させるほどに大きな影響がありそうだ。
まず「ワンポイント禁止」とは具体的にどのようなものなのか確認しておこう。継投について定めている野球規則5.10(g)は、2020年シーズンから次のように変わる予定だ。
「ピッチャーは最低3人の打者と対決するか、イニングの終わりまで投げなくてはならない。ただし、やむを得ない負傷や病気の場合は除く」
「ワンポイント禁止」で野球はこう変わる
このルール変更は野球をどのように変えるだろうか。もちろん、“左キラー”をはじめとしたワンポイント投手、英語で「left-handed one-out guy(LOOGY)」と呼ばれる投手への影響は大きい。アスレチックスに所属していた左腕のライアン・バクター(今季64試合に登板し45.1イニングを投げたLOOGYである)は、米誌「スポーツ・イラストレイテッド」で怒りを込めてこう語っている。「馬鹿げている」「自分の戦い方を見つけるためにマイナーに10年いたんだ。ルールが変わったから、もう用はないってか」
ただ、このルール変更で影響が出そうなのは、ワンポイント投手だけではない。先発投手や選手の育成方法を含めたチームづくりも変化を強いられることになるかもしれない。MLBの野球解説者であるライアン・デンプスター氏は、ワンポイントが禁止になることで先発投手は「6回か7回まで投げ切らないといけなくなるだろう」と発言している。つまり、従来のような小刻みな継投ができないため、先発はより長いイニング投げることを強いられるというのだ。
例えば、5月3日のマリナーズ対インディアンズの試合で、インディアンズは8回2アウトまで好投していたシェーン・ビーバーに代わって左キラーのオリバー・ペレスをマウンドに上げた。しかし、ペレスは左打者に四球を許すと、次から右打者が続くために1アウトも取れずに降板となった(代わってマウンドに上がったのは右キラーのアダム・チンバーだった)。ワンポイントが禁止された場合は、先発のシェーン・ビーバーは少なくともあと1人と対戦する必要があるだろう。
「ワンポイント禁止」の影響を少なくするために、早くも次の行動に移っているチームもある。ブルージェイズのGMであるロス・アトキンス氏は「我々は、スペシャリストをそれほど必要としていない。複数のアウトを取れる選手を好んでいる」と語り、インディアンズGMのマイク・チャーノフ氏は、将来的にはマイナーレベルでの育成方法を変える考えがあることを明らかにした。
日本球界への影響も必至である。NPBはこれまでもコリジョン・ルールやリクエスト、申告敬遠など、MLBが作った新しいルールをそのつど受け入れてきた。今回の「ワンポイント禁止」も将来導入される可能性は十分にあるだろう。また、MLBが主催であるWBCで優勝を目指すなら導入は必須であるように思える。「ワンポイント禁止」はリーグ戦よりも短期決戦の方が大きな影響を与えるからだ。短期決戦では1点の重みが大きく、総力戦になる場合も多いため、ワンポイントでの投手起用が頻発する。2017年のWBCで日本は7試合を戦ったが、そのうち3試合で「ワンポイント禁止」に抵触する継投があった。リリーフのあり方や新たな継投の手法を模索するためにも、MLBにならう必要性に迫られそうだ。
導入の根拠に疑問符も
なぜ、このような大きなルール変更を必要とするのだろうか。それは試合時間を短縮するためである。近年、試合時間は増加傾向にあり、リリーフ投手の登板イニング数もそれに比例するかのように増えている。10年前の2009年、1試合の平均試合時間は2時間55分、1年間でリリーフ投手は15014.2イニング投げた。それが2019年になると、平均試合時間は3時間10分となり、イニング数も18265.2に増加した。MLB機構は、投手を交代する際のマウンドに集まる時間や投球練習が試合を長引かせる一つの要因と考えたのだろう。
ただ、米誌「スポーツ・イラストレイテッド」によると、ワンポイントとしてマウンドに上がったリリーフの数は過去4年のうち3年間は減少し、2019年シーズンにいたっては4年前の16%減だった。
「ワンポイント禁止」は野球になにをもたらすだろうか。試合時間がせいぜい十数分短くなることだろうか、個性的な投手がいなくなることだろうか。前者はあくまで可能性だが、後者はメジャー球団のGMたちの言葉を聞く限り必然的のように思える。
※日付は現地時間