フォーシームとスライダー増加
野球日本代表(侍ジャパン)には2019年にプレミア12、2020年に東京五輪と国際大会が連続して待っている。オリンピックでは公開競技として行われた1984年のロサンゼルス大会以来の優勝を目指し、日米野球やメキシコ代表との親善試合を通して、課題とされる外国人特有の「動くボール」に対する経験を積んできた。
打者の手元で動く球は日本人打者の泣き所とされる。2017年のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)準決勝では、アメリカ投手陣のツーシームに打開策が見出せないまま敗れた。試合後の会見で小久保裕紀監督(当時)も「フォーシーム主体のリーグでやってるわけですから、どこで訓練するんだということになる」とツーシーム対策が進まない現状に歯噛みした。
それから2年経った現在、実はメジャーリーグでも動く球でゴロを狙う投手が減り、フォーシームで三振を奪う野球がトレンドになっている。
メジャーリーグ全体の球種別投球割合を算出すると、2015年にシンカー(ツーシーム含む)は20.4%投げられていた。だが2016年に18.7%まで急落すると、その後も全投球に占めるシンカーの割合は減少の一途をたどる。2019年は14.3%まで下がった。
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シンカーの激減の他に分かりやすいのは、ストレート(フォーシーム)とスライダーの増加だろう。カッターも1%下がり、代わりにカーブが1%上がっている。
2年前のWBC準決勝でアメリカ代表の先発を務めたタナー・ロアークも、2017年シーズンは前年57.7%だったシンカーの投球割合が36.3%まで減っている。2019年はシンカーを31.1%しか投げておらず、全投球中64%がシンカーだった2015年から5年で半分以下まで減った。
こうしたトレンドの移り変わりには、日本でもよく目にするようになったフライボール・レボリューション(革命)との関係が指摘される。
理想的な打球角度と打球速度が生み出すバレルゾーン
打球速度158キロ以上で角度26度~30度で打ち出されたボールは、バレルと呼ばれるゾーンを通る。バレルゾーンを通った打球は打率5割、長打率1.500を超えることがデータ解析で判明し、メジャーリーグの打者たちはその数値を目指し始めたというのがフライボール革命だ。
フライボール革命は、ゴロよりフライを打ち上げたほうがヒットになる確率が上がり、長打も生まれやすくなると紹介される。だが、これは少し単純化された話だ。実際のフライボール革命には、打球の角度と共に打球速度が大きく関係してくる。単に打ち上げれば良いというものではない。
バレルゾーンは打球速度が速い打者ほど広い。打球速度が187キロに達すると、バレルゾーンは8度から50度の範囲に及ぶ。メジャーリーグで打者の打球速度を重視するのは、それが強打者の条件になってきているためだ。
野球は相手が存在する対人スポーツ。打撃の世界で起こった革命は投手にも変化を要求する。
投手によるフライボール革命対策の始まり
2018年3月にワシントンポストは、前年に起こった新たなムーブメントを受けて、今年の野球界はピッチングのセオリーが変化するだろうと予測した。
ワシントンポストが予測した野球界に起こる変化は次の通り。
・シンカーの減少
・低めに投じられる投球の減少
・変化球がより多く投げられる
・4シームの投球割合が増える
・バッテリーは高めのボールを使うようになる
低めの動くボールで内野ゴロを打たせ、守備シフトの網に掛けようとする投手に対抗するため、打者は沈み込むボールを面で捉えられるアッパースイングを試み始めた。バットとボールのコンタクト面を大きくし、ボールの真ん中より少し下を叩いて打球にバックスピンと速度を与え、持ち上げるように打ち返す。
それに対抗するため今度は投手が新たなスタイルを模索する。2017年にメジャーリーグでは高めへのボールが日を追うごとに増えていった。4月には高めに分類されるボールは27.1%だったが、6月に32.2%を記録。その後は毎月33%台で推移した。
アメリカでも投手は少年野球から「ボールは低めに制球すること」と教えられて育つ。だが低めのボールをすくい上げる打者が増えた昨今は、中途半端な低め信仰が最も危ない。投手は膝から下、もしくはアッパースイングで理想の角度をつけづらい高めのボールを用い、高低差で勝負するようになった。
投手はバットとのコンタクトを避けるようになった
フライボール革命に否定的な論者の口からは、よく「ホームランは増えたが三振も増え、野球が大味になった」という言葉が出る。2015年以降のデータから見えてくるのは、ホームラン数と三振率と四球率の相関関係だ。
投手の防御率は4.40に達した。これは4.47を記録した2007年以来の高水準。フライボール革命により打高投低が進んでいる。選手の三振率は確かに上昇しているが、それと同時に四球率も上昇。空振り率の上昇とストライク率の低下も見られた。
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これらの関係から見えてくるのは、投手が以前よりもストライクゾーンにボールを投げ込まなくなっている――ホームランを避けるため、ゾーン外のボールを振らせようとする傾向が強くなったことだ。
少ない球数で打たせて取ることができなくなったため、先発投手の投球イニングが減ってブルペンの稼働率は上がった。2015年にメジャーリーグの先発投手は28223.1回を投げたが、2018年になると26060.2回まで減っている。
一方の打者は打球速度の重要性に気づいたため、三振を恐れずボールに対して強くコンタクトするほうを選び出した。
メジャーのトレンドは高めの4シームと高速変化
この5年間で4シームと共に増加したのはスライダーだ。カーショウの記事で紹介したスラッターと呼ばれる、スライダーとカットボールの中間のような球を投げる投手が増えている。
最近のメジャーではストレートの球速が93マイル(約149.7キロ)以上の投手に、スラッターとフライボール革命に強いとされるカーブを覚えさせるのが流行りだ。縦に大きく変化するカーブは、緩急が使えて打者の目先や打ち気を逸らすこともできる。これに動く方向の違う変化球がもう1球種あると良い。
このタイプの代表的な投手にはジャスティン・バーランダーがいる。
最近は技巧派左腕の活躍も目立つ。リュ・ヒョンジンは2015年に手術した肩の怪我から完全に復活した。ストレートの平均球速は2014年の91.4マイル(約147キロ)から90.6マイル(約145.8キロ)に落ちたが、多彩な球種をゾーンに出し入れする投球で勝ち星を積み重ねている。
この打高投低時代に防御率1点台の驚異的な投球が開幕から続く。
高めに速いストレートを投げたあと、緩急と高低の差を利用して低めに変化球を投げるコンビネーションは、21世紀に生まれたものではない。むしろ古典的な投球術の一種だった。それがフライボール革命を機に再びブームを作り出しているのは面白い。