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シンシナティ・レッズの優勝パレードと祝賀会の歴史

2016 9/2 12:22
シンシナティレッズ
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Photo by aceshot1/Shutterstock.com

シンシナティ・レッズのファンの方へ。
今回は優勝パレードや祝賀会にスポットをあて、シンシナティ・レッズの歴史を振り返り紹介します。

シンシナティ・レッズの歴史

シンシナティ・レッズは、MLBナショナルリーグ中地区所属で、本拠地はオハイオ州シンシナティのグレート・アメリカン・ボール・パークです。1882年に創立し、1919年までは優勝すらできないチームでした。
その年、シカゴ・ホワイトソックスを破り初のワールドシリーズを制覇、それからしばらく低迷期に入り、1940年に2度目のチャンピオンに輝きました。1975年にはワールドシリーズ2連覇を成し遂げましたが、その後は1990年に14年ぶりのワールドチャンピオンになったきり低迷を続けています。
2015年までに日本プロ野球からドミニカ共和国の選手を獲得したことはありますが、日本人選手を獲得したことのなかったマイアミ・マーリンズがイチローを獲得したことで、シンシナティ・レッズだけがMLBで唯一日本人選手の所属したことのない球団となっています。

シンシナティ・レッズの黄金期

1941年から低迷を続けていましたが、1970年代にチームは黄金期を迎えました。この年はスパーキー・アンダーソン名将が指揮し、ピート・ローズやジョニー・ベンチ、ジョー・モーガン等の活躍があり、「ビッグ・レッドマシン」の愛称で全米を揺るがしました。
リーグ優勝4回、地区優勝6回という記録を作り、その内、1975年、1976年の2年連続でワールドシリーズを連覇するなどの輝かしい成績を残し、強豪チームとして知られていました。この年の活躍はまさに黄金期といえるでしょう。

2000年代は長期低迷のシンシナティ・レッズ

2000年にマリナーズからの移籍でケン・グリフィー・ジュニアを獲得し、親子2代のスター選手在籍となったため、大きな話題になりました。
しかし、その年は地区2位、それからというもの2007年まで7年連続で負け越しとなり、低迷期を迎えてしまいます。3年連続でチーム本塁打200本を越えるなど打者の活躍があったものの、投手陣は弱体化。
そのため、チームの防御率は4点台後半から5点台となるリーグワーストを記録してしまうなどチームの補強を迫られていた年でもあります。

シンシティ・レッズの優勝パレードは大盛り上がり

シンシナティに本拠地があるシンシナティ・レッズの優勝パレードは市民総出のパレードとなります。そのため、大きな盛り上がりを見せてくれます。
パレードはFindiayMarketから始まります。鼓笛隊などが登場し、バスやオープンカーに乗った監督やコーチ、そして選手らがファンの声援に応えます。この日を待ちに待っていたファンは沿道を埋め尽くさんばかりの人だかりになり、盛大に優勝をお祝いする姿が見られます。
やはりファンにとってこの日は特別な1日となりますね。

まとめ

シンシナティ・レッズのこれまでを振り返り紹介しました。
黄金期が去ってから近年ではチームの低迷を迎えていますが、今後さらに力をつけワールドシリーズ制覇を目指してほしいですね。

以上「シンシナティ・レッズの優勝パレードと祝賀会の歴史」でした。

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