「スポーツ × AI × データ解析でスポーツの観方を変える」

MLBを知ろう!カンザスシティ・ロイヤルズの永久欠番はいくつある?

2017 6/13 12:41cut
ロイヤルズ,ホーム
このエントリーをはてなブックマークに追加

「5」ジョージ・ブレット選手

ジョージ・ブレット選手は、1971年にロイヤルズからドラフト2位で指名を受け入団した。
1973年にメジャーデビューを果たすと、翌1974年から三塁手のレギュラーとして活躍。1985年には球団史上初となるワールドシリーズ制覇に大きく貢献。1993年に現役を引退するまでロイヤルズ一筋で活躍し、首位打者を3回獲得するなどチームの柱としてプレーした名選手だ。
通算3154安打を放っており、現役引退後の1994年に永久欠番となり、1999年にはアメリカ野球殿堂入りも果たしている。

「10」ディック・ハウザー監督

ディック・ハウザー監督は、メジャーリーガーとしては大きな功績を残すことができなかったが、指導者として大きな成果を残した。1980年にニューヨーク・ヤンキースで監督を務めて地区優勝を果たすと、翌1981年にはロイヤルズの監督に就任する。
就任後、上位を争っていたものの優勝ができなかったハウザー監督だが、1984年に地区優勝、1985年にワールドシリーズ優勝を達成。ロイヤルズを初の世界一へと導いた。1986年途中にガンによる体調不良で入院。翌1987年のスプリングトレーニングで復帰を果たすが、転移が見つかったためシーズン前に監督を辞任。そのまま帰らぬ人となった。
ハウザー監督の死去から1ヶ月経たないうちに、ロイヤルズは栄誉を讃えて背番号「10」を永久欠番と制定した。

「20」フランク・ホワイト選手

フランク・ホワイト選手は、1970年にロイヤルズへ入団。1973年にメジャーデビューを果たす。
1975年からレギュラーに定着し、現役を引退する1990年までロイヤルズの二塁手として長きにわたりチームを支える。打撃タイトルの獲得はないものの、ゴールドグラブ賞を8回受賞するなど守備面で貢献。70年代後半から80年代にかけてのロイヤルズをジョージ・ブレット選手と支えていた。
1990年に現役を引退後、1995年に「20」が永久欠番となり、ロイヤルズの殿堂入りも果たしている。

まとめ

1985年に初のワールドチャンピオンに輝いたときにロイヤルズを支えたジョージ・ブレット選手、フランク・ホワイト選手、ディック・ハウザー監督が揃って永久欠番になっている。 2015年のワールドチャンピオンを支えた選手たちも、いずれは永久欠番になるかもしれない。

おすすめの記事