1回、2回は防御率0.00
2026年4月13日時点で、ドジャースの佐々木朗希投手は3登板13.0イニングを消化し、防御率6.23、与四球10、奪三振15という成績を残している。与四球率(BB/9)は6.92。NPB最終年に1.80前後だった数値の約3.8倍にあたる。
数字だけを見れば深刻だが、問題の本質はその「偏り」にある。イニング別の防御率を確認すると、1回と2回はいずれも0.00、5回も0.00である。対して3回の防御率は15.00、4回は12.00と壊滅的な数字が並ぶ。全10四球のうち7個、すなわち70%が3回と4回に集中しているのだ。
これは単純なスタミナ不足では説明がつかない。5回に立ち直っている事実がそれを裏付ける。スタットキャストのデータは、この「魔の3回」に特定の物理的変調が起きていることを示唆している。
リリース高の低下と揚力の喪失
佐々木投手の制球難を読み解く鍵は、リリースポイントの垂直方向の変化にあると考えられる。
2026年4月のスタットキャスト計測では、試合序盤こそ6.05フィートを維持するものの、大量失点を喫した中盤のイニングでは5.82フィートまで低下するケースが確認されている。その差は約0.23フィート、センチメートルに換算すると約7cmにおよぶ。
190cmの長身から投げ下ろす角度こそが佐々木投手最大の武器であり、わずか数センチのリリース低下でも投球の質は大きく変わる。リリースが下がると、直球の回転軸が傾き、ボールを浮かせる「ホップ成分」を生む揚力(マグヌス力)が減少する。佐々木投手が「高めに決まった」と感じた球が、打者の手元では予想より沈んで甘いコースに入る。これが逆球や痛打を招くメカニズムである。
この低下の背景には、2025年に発症した右肩のインピンジメント(衝突症候群)の影響が指摘されている。投球数が増加するにつれ肩周囲の筋肉が疲労し、腕を高い位置で維持することが物理的に困難になる。いわば、壊れた肩を守ろうとする身体の「防衛本能」が、中盤のリリース低下を引き起こしていると考えられる。
回転効率の急落とトンネルの崩壊
リリースの低下に加えて、もう一つの物理的変調がデータに表れている。直球の回転効率(アクティブスピン)の悪化である。
NPB時代の佐々木投手は、直球の回転効率が高く、回転が効率よく揚力に変換されていた。ところが2026年のMLBでは、この数値が85%付近まで低下している。MLB公式球はNPB球に比べて縫い目が低く、表面の摩擦係数も異なるため、指先がボールを捉えきれず「滑る」現象が起きてしまい、これにより回転効率が低下、直球の浮力が失われてしまっている。
さらに、2026年から新たに導入した87マイルのカッターが「ピッチ・トンネル」を乱している点も見逃せない。ピッチ・トンネルとは、異なる球種が打者から見て同じ軌道を描く空間のことで、NPB時代は直球とスプリットの分離点がホームプレートから約24フィート(約7.3メートル)地点にあった。しかし現在、この分離点は約30フィート(約9.1メートル)付近にまで早まっている。約1.8メートルの差は、打者に球種を見極める十分な時間を与えることになる。カッターを投げる際の腕の軌道が直球のトンネルを乱した結果、決め球のスプリットまで見極められ、四球に直結しているのである。
ダルビッシュ有投手、千賀滉大投手も通った「BB/9 6.0超」からの改善
佐々木投手の現状は厳しいが、過去にMLBへ渡った日本人投手たちも同様の試練を経験し、そこから劇的な改善を果たしてきた。
2012年にテキサス・レンジャーズへ移籍したダルビッシュ有投手は、4月のBB/9が4.64だった。5月にはさらに5.79まで悪化している。しかし、アームスロットの微調整やプレート上の踏み位置の変更、球種配分の最適化といった試行錯誤を重ね、9月から10月にはBB/9を1.72まで改善させた。改善率は約63%にのぼる。
2023年にニューヨーク・メッツへ加入した千賀滉大投手のケースは、佐々木投手の現状とさらに酷似している。4月のBB/9は6.23。現在の佐々木投手(6.92)とほぼ同水準である。千賀投手はリリースポイントの統一とチェイスゾーンの活用を徹底し、7月にはBB/9を2.70まで劇的に低下させた。最終的にシーズン全体の防御率は2.98でフィニッシュしている。
両者は3カ月から半年の適応期間を経て、与四球率を半分以下に圧縮しているが、類稀なパワーピッチャーである佐々木の制球難は、MLBという新たな物理環境への適応プロセスであり、その球速とそれを生む長身ゆえに適応に時間がかかっているとも考えられる。
「令和の怪物」は物理的適応の途上
整理すると、佐々木投手が抱える課題は、以下の三つの物理的エラーに集約されると考えられる。
第一に、リリース位置の低下。40球目以降、既往歴のある肩の疲労によりリリース高が約7cm低下し、制球を乱している。第二に、回転効率の悪化。MLB球の滑りにより直球の揚力が約12%失われ、空振りを奪う「ホップ成分」が消失している。第三に、トンネルの崩壊。球種分離点が約1.8メートル手前に移動し、打者に余裕を持って見極められている。
いずれも精神論では解決できない課題だが、ダルビッシュ投手や千賀投手のように、時間と調整によって克服可能な課題でもある。1回と2回で防御率0.00を記録できる能力、平均97.1マイルの速球と空振り率29.5%を誇るスプリットという武器は健在だ。「令和の怪物」がMLBに完全適応した時、データが語る未来は明るい。
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