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花咲徳栄高校が夏の甲子園初制覇!埼玉県の高校野球を振り返る

2017 9/13 14:03cut
高校野球,ボール
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埼玉県勢の甲子園成績

2017年夏の甲子園で優勝を飾った埼玉県代表の花咲徳栄高校。同校は埼玉県勢として初めて夏の甲子園制覇となった。過去の大会で決勝進出経験は熊谷高校(1941年)、春日部共栄高校(1993年)と2回あったが、いずれも敗退している。春のセンバツでは大宮工業高校(1968年)、浦和学院高校(2013年)と2度の全国制覇を経験している。

また、夏の甲子園で埼玉県勢の通算成績は127試合で67勝60敗、勝率.528。これは47都道府県で真ん中程度となる21位の勝利数となる。おなじく67勝で並んでいるのは香川県だ。

勝率.528は勝利数の21位よりも順位は上となっており15位。1つ上の14位は徳島県で勝率.542(65勝55敗)となっている。

これらの数字を見てわかるとおり、決して全国的に埼玉県は劣っているわけではない。巡り合わせが悪かったということだろう。

埼玉県勢の歴史

埼玉県勢が初めて夏の甲子園に出場したのは1949年の熊谷高校だった。第31回大会にして初めて夏の甲子園に埼玉県勢が出場を果たしたのだ。当時は、2017年現在のように各都道府県ごとに1校ずつ出場ではなく、地区ごとに割り振りが決まっていた。関東は南関東、北関東、東京都、神奈川県の4ブロックで埼玉県は南関東地区に割り振られていた。

初めての出場となった熊谷高校は初戦で倉敷工業高校に敗退。県勢の初勝利はお預けとなっている。しかし、その2年後となる1951年に同じく熊谷高校が2回目の出場を果たすと、初戦から3戦連続完封勝ちを収め決勝に進出。平安高校に4-7で敗れるが、2度目の出場でみごとに準優勝を果たしたのだ。

その後、大宮高校(1957年)、川越工業高校(1973年)、上尾高校(1975年)、浦和学院高校(1986年)、浦和市立高校(1988年)とベスト4進出までは果たしているが、決勝に進むことはできなかった。

長らく突破できなかったベスト4の壁を越えたのは1993年の春日部共栄高校だった。この年、エースナンバー「1」を背負っていたのは土肥義弘選手(元・西武他)だ。土肥選手は2年生ながら全試合に完投。決勝で敗れたものの、育英高校相手に8回3失点と好投を見せていた。

その後、再び低迷するが2017年に花咲徳栄高校が壁を乗り越え、埼玉県勢初優勝を飾っている。

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