2000年代後半の甲子園を振り返る|【SPAIA】スパイア

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2000年代後半の甲子園を振り返る


2005年:57年ぶりの夏2連覇

春のセンバツでは愛知の私学4強と呼ばれる愛工大名電高校が8回目の出場にして初優勝を果たした。この大会での主力選手は堂上直倫選手(現中日)だ。堂上選手は2年生ながら4番を任され大会2本の本塁打を放つなどの活躍を見せた。また、市立和歌山商業高校の川端慎吾選手(現ヤクルト)も本塁打を放っている。
夏の選手権では前年に優勝を果たした駒大苫小牧高校が2年生の田中将大選手(現ヤンキース)を擁し優勝に輝く。夏の大会2連覇は小倉高校(旧小倉中)以来57年ぶりの出来事となったのだ。前年の2004年に初めて津軽海峡を超え北海道へ渡った大優勝旗が2年連続で北海道へと渡ることになった。
また、「浪速の四天王」と呼ばれた大阪桐蔭高校の辻内崇伸選手、平田良介選手も甲子園でそろって本塁打を放っている。平田選手は夏の選手権タイ記録となる1試合3本塁打を放つなど大きなアピールを果たした。これはPL学園高校時代の清原和博選手が1985年の1回戦で記録して以来30年ぶり2回目の記録となり四天王の名に恥じない活躍を見せたと言えるだろう。

2006年:伝説の死闘

2006年春のセンバツはどのチームも打倒駒大苫小牧高校で望むつもりだった。しかし、出場校が決まった後に部員の不祥事が発覚。無念の出場辞退となり駒大苫小牧高校は春のセンバツに出場できなくなったのだ。夏春連覇は思いがけない形で潰えてしまったのだ。
主役不在とも言える春のセンバツを制したのは神奈川県の名門でもある横浜高校だった。横浜高校は福田永将(のぶまさ)選手を主将とし高浜卓也選手(現ロッテ)、下水流昂(しもずるこう)選手(現広島)、佐藤賢治選手(元日本ハム)らを擁し長崎県の清峰高校(せいほうこうこう)を決勝で21-0で勝利。
センバツ決勝における最多得点記録を更新した。また、斎藤佑樹選手は夏の大会での延長再試合の印象が強くなっているが、この大会でも早稲田実業は関西高校戦で延長再試合を戦って勝利している。
春のセンバツは無念の出場辞退となった駒大苫小牧高校が満を持して甲子園に戻ってきた夏の選手権。しかし、この大会の主役は早稲田実業のエース「ハンカチ王子」こと斎藤選手だった。決勝では37年ぶりとなる延長15回引き分け再試合の結果4-3で斎藤選手が優勝投手に輝いたのだ。駒大苫小牧の最後の打者は田中選手だったこともまた、印象深いシーンとなっている。
この大会で斎藤選手が水色のハンカチで汗をぬぐっている姿は、たびたびテレビでも画面に映りお茶の間への人気に繋がった。その姿から斎藤選手は「ハンカチ王子」と呼ばれるようになったのだ。

2007年:がばい旋風を巻き起こした佐賀北高校

春のセンバツでは大阪桐蔭高校の中田翔選手(現日本ハム)が2本の本塁打を放つ活躍を見せた。しかし、準々決勝で対戦した常葉菊川高校の田中健二朗選手(現DeNA)には完全に封じ込められ3打数無安打に終わりチームも1-2で敗戦してしまう。
この大会で優勝を果たしたのは、その田中選手を擁する常葉菊川高校だった。決勝では同じ東海地区代表の大垣日大高校と接戦を演じ8回裏に逆転。6-5で下し見事2回目の出場で初優勝を飾ったのだった。
夏の選手権では「がばい旋風」が吹き荒れた。佐賀県代表の佐賀北高校が接戦をものにしながら決勝戦まで進出したのだ。2回戦で宇治山田商業高校と延長15回引き分けの接戦を演じ、2日後に行われた再試合で勝利すると準々決勝では帝京高校と延長13回の死闘を繰り広げる。
そして、決勝では野村祐輔選手(現広島)、小林誠司選手(現巨人)がバッテリーを組む強豪の広陵高校だった。8回表終了時点で0-4と佐賀北高校の敗色濃厚だったが8回裏に逆転満塁本塁打が生まれ見事に優勝を果たすのだ。本塁打の前にはストライクと取ってもらってもおかしくない投球もあり、広陵高校の中井哲之監督は「誰が見てもおかしい」と異議を唱え後に日本高野連から厳重注意を受ける事態にもなっている。
公立高校であった佐賀北高校が快進撃を巻き起こしたことで「がばい旋風」とファンは名前をつけた。

2008年:筒香嘉智選手が2打席連続本塁打!

2008年春のセンバツはエース東浜巨選手(現ソフトバンク)率いる沖縄尚学高校が9年ぶり2回目となる優勝を飾った。東浜選手は5試合に登板し41回を投げ自責点はわずかに3。奪三振26、与四死球10、防御率0.66と圧倒的な成績を残す。ドラフト1位候補としてプロの各球団も注目をしたが、プロ志望届を提出せずに東都大学野球連盟の亜細亜大学へ進学。4年後となる2012年のドラフト会議で3球団競合となり福岡ソフトバンクホークスへの入団が決まった。
夏の選手権大会は90回記念大会となり東京都、北海道、埼玉県、千葉県、神奈川県、愛知県、大阪府、兵庫県で各2校ずつが選出され合計55校が出場を果たしている。この記念大会では筒香嘉智選手(現DeNA)が2年生ながら4番に座り、準々決勝の聖光学院戦では2イニング連続となる2打席連続本塁打も放っている。しかし、準決勝で浅村栄斗選手(現西武)率いる大阪桐蔭高校に敗れ優勝には手が届かなかった。
優勝を果たしたのは、その浅村選手率いる大阪桐蔭高校で決勝では常葉菊川高校を17-0という大差で下し、17年ぶり2回目の優勝を飾っている。

2009年:9回表日本文理の猛反撃

2009年春のセンバツは往路注目左腕の菊池雄星選手一色だった。菊池選手がエースとして引っ張る花巻東高校は決勝まで順調に勝ち進み清峰高校と対戦する。清峰高校のエースは今村猛選手(現広島)だ。両エースの投げ合いは見応えがある試合となり6回まで両チーム無得点。
先制点を奪ったのは清峰高校だった。7回表に四球の走者を1人置いたところ適時二塁打を放ち均衡を破る。その後は両チームともに得点を挙げることができずに清峰高校が2回目の出場で初優勝を果たしたのだ。
夏の選手権は決勝戦が史上まれに見る大激戦となった。中京大中京高校と日本文理高校の一戦は8回裏が終了した時点で10-4と中京大中京高校が6点のリード。
しかし、9回表に日本文理高校は怒濤の反撃を見せ2死から四球、死球を絡めて7者連続出塁を見せ5点を奪いあと一歩まで中京大中京高校を追い詰めたのだ。この猛反撃は見るものを魅了し、多くの感動を与えてくれた。

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