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2000年代前半の甲子園を振り返る

2017 6/28 09:44cut
baseball、high school
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2000年:延長18回制から15回制へ変更

2000年春のセンバツは大きなルール変更があった。延長18回で引き分け再試合となっていた制度を15回制へと変更がなされたのだ。 このセンバツでは大会前に残念な出来事があった。センバツに出場が決まっていた福井県の敦賀気比高校。秋季北信越大会を圧倒的な強さで制し明治神宮対秋でも準優勝を果たしており優勝候補の一角として取り上げられていた強豪校だ。
また、プロ注目の左腕である内海哲也選手(現巨人)もおり注目度は高かったにも関わらず、大会部員の飲酒、無免許運転による事故の影響で出場を辞退したのだ。
主役候補が不在となったこの大会を制したのは神奈川県の強豪校・東海大相模高校だった。決勝では1994年以来6年ぶりの優勝を狙う智弁和歌山高校と対戦。投手戦の末に4-2で東海大相模高校が初の栄冠を手にしたのだ。
夏の選手権も春のセンバツ同様に延長戦が18回制ではなく15回制へと変更になった。この大会では浦和学院高校の坂元弥太郎選手(元ヤクルト他)が1試合19奪三振を達成。当時、56年ぶりのタイ記録として注目を浴びた。
この大会では春のセンバツ決勝で涙を飲んだ智弁和歌山高校が雪辱を果たし、3年ぶり2回目となる選手権制覇を達成した。決勝の相手は春のセンバツで敗れた東海大相模高校と同じく東海大系列の東海大浦安高校だった。

2001年:21世紀枠の導入

21世紀になり初めての甲子園となった2001年春のセンバツ。通常の32校に加え2校が21世紀枠で選出され34校で争われる。初めて導入された21世紀枠は福島県の安積高校、沖縄県の宜野座高校だった。安積高校は初戦で敗退したものの、宜野座高校は着々と勝ち進み準決勝に進出。
準決勝で菊池俊夫選手(元オリックス)、中谷翼選手(元広島)らを擁する仙台育英高校に1-7で敗れるが大旋風を巻き起こしたと言ってもいいだろう。この大会は常総学院高校が仙台育英高校を接戦の末に7-6で下し初優勝を飾っている。
夏の選手権は初戦から因縁のカードが組まれた。春のセンバツへの準決勝で対戦した仙台育英高校と宜野座高校が再び相まみえることになったのだ。宜野座高校は初めて導入された21世紀枠での出場にも関わらず準決勝進出を果たし注目を浴びた学校だ。
この夏の選手権初戦では見事に7-1で仙台育英高校を下し春の雪辱を果たした。また、注目を浴びていたのは、日南学園高校の寺原隼人選手(現ソフトバンク)だった。150キロを超えるストレートでファンを魅了し、準々決勝まで駒を進めた。この大会で優勝を果たしたのは日大三校となり9回目の出場で初の選手権制覇を果たしたのだ。

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