2000年代前半の甲子園を振り返る|【SPAIA】スパイア

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2000年代前半の甲子園を振り返る


2000年:延長18回制から15回制へ変更

2000年春のセンバツは大きなルール変更があった。延長18回で引き分け再試合となっていた制度を15回制へと変更がなされたのだ。 このセンバツでは大会前に残念な出来事があった。センバツに出場が決まっていた福井県の敦賀気比高校。秋季北信越大会を圧倒的な強さで制し明治神宮対秋でも準優勝を果たしており優勝候補の一角として取り上げられていた強豪校だ。
また、プロ注目の左腕である内海哲也選手(現巨人)もおり注目度は高かったにも関わらず、大会部員の飲酒、無免許運転による事故の影響で出場を辞退したのだ。
主役候補が不在となったこの大会を制したのは神奈川県の強豪校・東海大相模高校だった。決勝では1994年以来6年ぶりの優勝を狙う智弁和歌山高校と対戦。投手戦の末に4-2で東海大相模高校が初の栄冠を手にしたのだ。
夏の選手権も春のセンバツ同様に延長戦が18回制ではなく15回制へと変更になった。この大会では浦和学院高校の坂元弥太郎選手(元ヤクルト他)が1試合19奪三振を達成。当時、56年ぶりのタイ記録として注目を浴びた。
この大会では春のセンバツ決勝で涙を飲んだ智弁和歌山高校が雪辱を果たし、3年ぶり2回目となる選手権制覇を達成した。決勝の相手は春のセンバツで敗れた東海大相模高校と同じく東海大系列の東海大浦安高校だった。

2001年:21世紀枠の導入

21世紀になり初めての甲子園となった2001年春のセンバツ。通常の32校に加え2校が21世紀枠で選出され34校で争われる。初めて導入された21世紀枠は福島県の安積高校、沖縄県の宜野座高校だった。安積高校は初戦で敗退したものの、宜野座高校は着々と勝ち進み準決勝に進出。
準決勝で菊池俊夫選手(元オリックス)、中谷翼選手(元広島)らを擁する仙台育英高校に1-7で敗れるが大旋風を巻き起こしたと言ってもいいだろう。この大会は常総学院高校が仙台育英高校を接戦の末に7-6で下し初優勝を飾っている。
夏の選手権は初戦から因縁のカードが組まれた。春のセンバツへの準決勝で対戦した仙台育英高校と宜野座高校が再び相まみえることになったのだ。宜野座高校は初めて導入された21世紀枠での出場にも関わらず準決勝進出を果たし注目を浴びた学校だ。
この夏の選手権初戦では見事に7-1で仙台育英高校を下し春の雪辱を果たした。また、注目を浴びていたのは、日南学園高校の寺原隼人選手(現ソフトバンク)だった。150キロを超えるストレートでファンを魅了し、準々決勝まで駒を進めた。この大会で優勝を果たしたのは日大三校となり9回目の出場で初の選手権制覇を果たしたのだ。

2002年:智弁和歌山高校と智弁学園高校が初めて激突!

夏春連覇を狙う日大三校が初戦で報徳学園高校に敗れる波乱となった春のセンバツ。その報徳学園が広陵高校、浦和学院といった強豪校を倒し決勝へ進出。決勝では鳴門工を序盤に7点を奪い終始ペースを握った報徳学園高校が8-2で勝利し28年ぶり2回目の優勝を果たす。優勝投手は大谷智久選手(現ロッテ)だった。大谷選手は早稲田大学、トヨタ自動車を経て千葉ロッテマリーズンへと入団し、社会人、プロでも日本一を経験している。
夏の選手権では高知県の明徳義塾高校が松井秀喜選手(元ヤンキース他)を5敬遠した1992年夏の甲子園から10年経ち初優勝を遂げた。松井選手は「素直におめでとうといいたい」とのコメントを残している。また、この大会では智弁学園高校と智弁和歌山高校の兄弟校対決が甲子園の舞台で初めて実現した。この兄弟校対決は智弁和歌山高校が7-3で勝利し、決勝戦まで駒を進める原動力となった。

2003年:ダルビッシュ有選手が決勝で散る

2003年春のセンバツは「明治神宮大会枠」が新たに設けられた。
この大会で優勝を果たしたのは広島県の強豪である広陵高校だ。広陵高校は西村健太朗選手(現巨人)、白濱裕太(しらはまゆうた)選手(現広島)のバッテリーが涌井秀章選手(現ロッテ)、成瀬善久選手(現ヤクルト)を擁する横浜高校に15-3と大差をつけて勝利している。
夏の選手権では東北高校のダルビッシュ有選手(現レンジャーズ)が注目を集め決勝進出を果たす。しかし、ダルビッシュ選手は腰痛もあり本調子ではなかった。そのダルビッシュ選手を支えたのが「メガネッシュ」こと真壁賢守(まかべけんじ)選手だった。ダルビッシュ選手と真壁選手の2枚看板で頂点を目指したが、決勝では常総学院高校に2-4で敗れあと一歩のところで甲子園制覇を逃してしまう。
常総学院高校は夏の選手権初優勝を飾った。また、この大会からベンチ入り人数が16名から18名なっている。

2004年:北海道勢が甲子園初優勝

2004年春のセンバツでも東北高校のダルビッシュ有選手が注目を集める。初戦の熊本工業高校戦ではノーヒットノーランを達成し実力を見せつけた。そのダルビッシュ選手を打ち砕いたのは愛媛県の済美高校だ。
準々決勝で対戦した両校は6-2と4点リードで9回裏済美高校の攻撃を迎える。この試合はダルビッシュ選手は登板せずに、真壁賢守選手が登板をしていた。真壁選手は1点を失うが2死を取り、後、アウト1つのところから連打を浴び済美高校の3番高橋勇丞(たかはしゆうすけ)選手(元阪神)に逆転サヨナラ3点本塁打を浴び敗れてしまう。この試合は今でも名勝負として語り継がれるほどの試合だ。この勢いに乗り済美高校が初優勝を飾る。
夏の選手権大会ではPL学園高校の前田健太選手(現ドジャース)が1年生ながら登板を果たした。5回3失点で敗戦投手となったが甲子園の歴史に名を刻んだのだ。この大会では駒大苫小牧高校が春夏の甲子園を通じて始めて北海道勢としての優勝を手にする。
決勝の相手は春のセンバツ覇者でもあった済美高校だったが、乱打戦となった決勝では駒大苫小牧高校が13-10と猛打爆発の末に勝利したのだ。済美高校の先発投手は福井優也選手(現広島)だったが6回途中9失点の大乱調で終わってしまったのだ。
2000年代前半の甲子園で活躍した選手達の多くは現在、プロ野球の世界で主力として活躍しており、馴染みのある名前も多いのではないだろうか。甲子園を見た5年後、10年後に振り返ると新たな発見があり思い出もよりいっそう楽しむことができる。

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