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奇跡のバックホームでおなじみ・松山商業高校硬式野球部の歴史

2017 3/22 18:28cut
野球
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奇跡のバックホーム

春夏7度の甲子園優勝を飾っている松山商業だが、歴史的な試合は「奇跡のバックホーム」でお馴染みの1996年熊本工業との決勝戦ではないだろうか。3-1と2点リードで終盤戦に入ったこの試合、8回、9回と1点熊本工業が返し3-3の同点で延長に入る。
延長10回裏一死満塁と松山商業に絶体絶命のピンチが訪れた。ここで、松山商業は右翼の選手を守備固めとして入れ替えたのだ。次の打者が放った大きな打球は代わったばかりの右翼へ飛び「サヨナラか」と誰もが思った瞬間に奇跡が起きたのだ。
代わったばかりの右翼が本塁へストライク返球し、見事三塁走者を本塁で刺して併殺に仕留めピンチを切り抜けた。その直後の11回に松山商業は3点を奪い、優勝を勝ち取ったのだ。

OBから5名が野球殿堂入り

松山商業は歴史がある高校ということもあり、ドラフト制度が始まる前から多くのプロ野球選手を輩出している。旧制松山商業次代のOBからは藤本定義選手、森茂雄選手、景浦將選手、坪内道典選手、千葉茂選手と5人の野球殿堂入りをした選手が誕生している。
特に景浦選手は戦前に二刀流として活躍しており、水島新司先生の名作「あぶさん」のモデルとしても知られている。影浦選手は残念ながら戦死されており詳細な記録は残っていないが、野球界に大きな影響を与えた人物だったことは間違いない。

最も活躍したのはドラフト外の西本聖選手

ドラフト制度以降では、15名の選手が松山商業から指名されてプロ入りを果たしている。また、ドラフト外でも1名がプロ入りしており、合計で16名がドラフト後にプロ入りしたことになる。
その中で、最も活躍したのがドラフト外の入団であった西本聖選手だ。巨人、中日、オリックスで活躍した西本選手は通算165勝をマーク。中日に移籍した初年度はキャリアハイとなる20勝を挙げるなど、長きに渡り活躍した。
近年では松山商業からプロ入りした選手は出ておらず、2005年ソフトバンク育成2巡目の西山道隆選手が最後となっている。

まとめ

松山商業は1996年夏の甲子園決勝の「奇跡のバックホーム」以来、甲子園に出場したのは1度のみと寂しい結果になっている。大正、昭和、平成どの時代でも強さを保ってきた古豪松山商業の復活に期待がかかる。

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