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富山の高校野球を牽引!富山商野球部の歴史に迫る

2017 3/22 18:27Mimu
野球
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Photo by mTaira/Shutterstock.com

全国的に私立の強豪校が増えてきた昨今だが、そんな中でも富山県はいまだに公立高校が非常に強い存在感を放っている。 特に、富山商業や高岡商業は代表的な存在だ。 その中から、富山商業野球部の歴史や実績について紹介していこう。

県内屈指の実績を誇る富山商野球部

富山商業は1897年に富山市立富山商業簡易学校として誕生し、創設120年もの歴史を誇る全国でも屈指の伝統校だ。野球部は1918年に創部され、1921年の第7回大会から予選に出場している。
甲子園に初出場を果たしたのは1940年の夏のこと。その際は残念ながら1回戦敗退だったが、以降春夏合わせて21回の出場を果たした(春5回・夏16回)。これは高岡商業高校と並び、富山県内ではトップの数字だ。
最近でも2009年の春や2014年の夏に出場しており、これからも富山県の野球部を牽引してくれることだろう。

OBにはプロ野球選手が多数

このように県内では屈指の伝統と実績を誇る富山商業野球部だが、過去にはプロ野球選手もたくさん輩出してきた。
中でも代表的なのが、広島カープで左の代打の切り札として活躍し、2007年からはコーチとしても活躍している浅井樹さんや、ヤクルトで中継ぎとして活躍しているサウスポーの中澤雅人選手だろう(中澤選手は中央大学→トヨタ自動車を経由)。 彼らもこの富山商業で甲子園出場の実績を残し、プロスカウトたちの注目を集めた。

印象的な活躍を見せた富山商OBたち

浅井コーチは、現役の時はレギュラーでこそなかったが、代打としての通算打率.315、154安打、93打点というのは、どれも歴代5位以内に入る記録だ。規定打席に到達することはなかったが、ファンに強い印象を残した選手だった。
中澤選手の方も、1年目の2010年に7勝を挙げる活躍。その後数年間は出番に恵まれない時期もあったが、2014年に24試合に登板して防御率1.57と復活を果たした。2015年、2016年も中継ぎとしてチームを支えている。

大学で活躍する選手にも注目!

まだプロ野球選手ではないが、ドラフト候補として注目を集めている選手もいる。現在は法政大学に所属している森田駿哉選手だ。2014年の夏に甲子園に出場した際、エースを務めていたのが森田選手だった。キレのあるスライダーが武器のサウスポーで、非常に奪三振率が高いのが特徴。スカウトからも非常に高く評価されていた。
富山商業高校では2年生の秋からエースに抜擢され、秋の県大会では4試合で46奪三振を奪う熱投で準優勝に貢献。そして3年になった夏の大会では、決勝でライバルの高岡商業を9-3で破り、見事チームを10年ぶりの夏の甲子園へと導いたのだ。

プロ入り後の活躍に期待!

夏の甲子園では、1回戦の日大鶴ヶ丘高校(西東京)戦では完封、2回戦の関西高校(岡山)戦では1失点完投勝利を記録。その能力の高さを遺憾なく発揮する。そして、次の試合でも勝利すれば、富山商業としては1973年以来41年ぶりのベスト8、さらに、その次の試合も勝利すれば富山県勢としては初のベスト4進出。県民の期待を背負い、迎えた3回戦だったのだが、残念ながら飯塚悟史選手(現DeNAベイスターズ)率いる日本文理高校(新潟)に敗退してしまった。
しかし、森田選手はその後も高校日本代表に選出されると、決勝戦の韓国戦に先発。9回途中2失点7奪三振と力投する。法政大学に進学後も1年生から試合に出場しており、すでに30奪三振を記録する活躍を見せている。最高球速も148km/hを記録しており、今後もますます成長していくことだろう。数年後のドラフト、そしてプロでの活躍が楽しみな選手だ。

まとめ

今でも富山県の高校や球界を牽引する存在である富山商業。 さらにプロ野球でも印象的な活躍をしたOBも輩出しており、高校野球ファンとしては押さえておきたい高校だ。 また、森田選手の今後の進路についても要注目だ。

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