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文武両道を掲げる八戸学院光星野球部が甲子園で残した軌跡

2019 8/5 18:30sachi
野球
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Photo by mTaira / Shutterstock.com

青森県八戸市に校舎を構える八戸学院光星。青森県でスポーツの名門校といえば青森山田高校が有名だが、八戸学院光星も負けていない。特に野球部が近年に甲子園で残してきた結果は称賛されるべきものだ。八戸学院光星が甲子園でどんな実績を残してきたかを振り返る。

全国に名を知らしめた2000年の選手権

八戸学院光星は全日制のカトリック系私立高校で、保育福祉科があるほか、普通科には特別進学コースも設置されている文武両道を掲げる学校だ。スポーツではレスリング部も強豪として知られ、ロサンゼルスオリンピック銀メダリストの赤石光生を輩出している。

硬式野球部は長い歴史を持つが、甲子園で大きな成果を残したのは2000年8月に行われた夏の選手権だ。それまでにも甲子園出場経験のあった八戸学院光星(当時の学校名は光星学院、2013年に校名変更)は3年ぶり2度目の出場だった。2回戦からの出場となり、初戦で愛媛県代表の丹原に10-8で打ち勝って勢いづくと、九州学院、樟南と南国の強豪に競り勝って準決勝へ駒を進める。ここで優勝した智弁和歌山に5-7と破れるが、ベスト4という堂々たる結果を残した。

夏の甲子園に帰ってきた2011年の快進撃

2011年に開催された夏の甲子園、八戸学院光星は青森県代表として8年ぶり5度目の出場を果たした。2回戦から出場し、専大玉名に16-1と大勝すると、3回戦では徳島商、準々決勝では東洋大姫路といった甲子園の常連校に勝利。準決勝は春夏連覇の経験を持つ作新学院に5-0の完封勝利を挙げた。

太田幸司のいた三沢以来、実に42年ぶりとなる青森県勢の決勝進出だったが、決勝戦は攻守の歯車が噛み合わず日大三に0-11と大敗を喫する。決勝までの快進撃からすると悔いの残るスコアだったが、甲子園での準優勝は八戸学院光星にとって創部以来初の快挙となった。

史上初の3大会連続準優勝は大きなモチベーション

2011年夏の甲子園で準優勝した八戸学院光星は11月の明治神宮大会で優勝、確かな手応えを持って翌2012年春のセンバツに出場した。直近の実績から優勝候補にも挙げられていた同校は、期待にたがわぬ実力で決勝へと進出。しかし、大会屈指の強豪である大阪桐蔭に3-7で敗れ、甲子園2大会連続の準優勝に終わった。

さらに同年夏の甲子園でも3大会連続となる決勝へ進出。対戦相手は春のセンバツと同じ大阪桐蔭だった。甲子園の決勝が春夏連続で同一カードとなるのは史上初の出来事。センバツでの雪辱を晴らしたい八戸学院光星だったが、大阪桐蔭のエース藤浪晋太郎投手を打ち崩せず0-3で敗れた。

史上初の3大会連続準優勝は誇るべき功績だが、それは同校野球部にとって甲子園の優勝という大きなモチベーションにつながる結果でもあった。

八戸学院光星が生んだプロ野球選手たち

2019年夏で、春夏合わせて計20回目の甲子園となった八戸学院光星。野球部OBにはプロ野球入りした選手も多く存在する。

読売ジャイアンツで主将を務める坂本勇人選手は3年時の2006年、春のセンバツに出場した。

その坂本選手の系譜を継ぐ存在として注目されたのが北條史也選手だ。甲子園通算29打点の強打者は、高校時代にライバルだった藤浪晋太郎投手と同じ阪神タイガースからドラフト指名を受けて入団、2016年はショートのレギュラーとして活躍した。

北條選手とは小学校から同じチームで、共に八戸学院光星入りした田村龍弘選手は3年時に主将として甲子園の準優勝に貢献。様々なポジションをこなせる器用さを持つが、現在は千葉ロッテマリーンズの正捕手として高い盗塁阻止率を誇る。

悲願の甲子園優勝へ、初戦は「ジャイキリ誉」と

2016年は春夏ともに甲子園出場を果たしたが、2017年は出場できなかった。2018年、2年ぶりに夏の甲子園に姿を見せたものの、2回戦で龍谷大平安に1-14と大敗。2019年春のセンバツでは、広陵に0-2と敗れ、1回戦で甲子園を去った。

2019年の夏、2年連続の夏の甲子園では開幕カードを引き当てた。対戦相手は、愛知大会で愛工大名電、中京大中京と強豪校を次々と倒して代表の座をつかんだ「ジャイキリ誉(ほまれ)」と話題になっている初出場の誉。 八戸学院光星は戦力が噛み合えば全国レベルの強豪だけに、チームの一体感が鍵を握っていると言えるだろう。メンバー個々の能力は高いものがあるので、悲願の甲子園初優勝へ向けて、まずはいい形で初戦を突破したい。

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