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鹿児島県内の古豪勢力!鹿児島商の野球部の歴史を紹介

2017 3/8 20:01TANANA
野球
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Photo by mTaira / Shutterstock.com

1898年の創部以来、鹿児島県内でも有数の野球強豪校として広く名を知られてきた鹿児島商は、その長い歴史において数々の激闘を重ね、有名プロ野球選手を輩出してきた。 そんな鹿児島商野球部をさまざまな角度から紹介していく。

100年以上の歴史を持つ鹿児島商野球部

1894年に設立された鹿児島商業(当時は鹿児島簡易商業学校と呼称)は、100年以上の伝統を誇り、卒業生も25,000名を越える。全国レベルの部活動が多く、卒業後にプロへの道を進む人も少なくない。
野球部は1898年に創立され、甲子園にも2017年時点で春夏合わせて計25回出場しており、鹿児島商伝統の応援歌「錦江湾頭」は甲子園名物となっている。また、硬式野球だけでなく、軟式野球でも強豪校として認知されており、軟式野球選手権大会に5回出場している。

鹿児島商の甲子園での実績は

鹿児島商は1927年、夏の全国大会において「甲子園デビュー」を飾った。初出場初勝利を飾り、ベスト8まで進出する活躍を見せ、それ以降甲子園常連校として名を連ねていく。
1986年夏の全国大会ベスト4が最高成績であり、この当時からしばらくの間、同じく鹿児島県内屈指の実力校だった鹿児島実業、樟南とともに「鹿児島御三家」と呼ばれていた。しかし、2007年春の選抜に出場し1回戦で敗退して以降、春夏とも甲子園出場は途絶えており、今後の再起が待たれている。

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