気持ちの強さがビッグプレーに
そのプレーは一見、ギャンブルにも見える。
トヨタ自動車の沓掛(くつかけ)祥和は、相手打者がバントの構えをするか否かのタイミングで一塁から猛チャージをかけてくる。
仮に相手打者がバスターに切り替えても気にならない。これまで培ってきた経験と己の勘を信じて、ピッチャー前、ときには三塁前のバントでさえも処理して、相手走者の進塁を許さないのだと言う。
そのあまりの突進ぶりは、キャッチャーの細山田武が「おい、来過ぎるな!」と咎めるほどである。だが、沓掛はそのプレーについてこう説明する。
「僕がバントする側だったら、あれだけ(野手に)前に来られたらそうそうバスターに切り替えることは出来ないと思うんです。バントだったらバントで、プレッシャーをかけた方が相手も嫌というのもあるし、(実際に)アウトにもなるので…」
第90回都市対抗野球決勝のJFE東日本戦では正にそれを証明した。
4回裏、得点は2対2の同点、無死1、2塁の場面で、JFE東日本・土屋遼太のバントは、ほんの少し打球が上がって、その後3塁前に転々とした。これに沓掛は迷うことなく猛チャージをかけると二塁走者をゆうゆうと封殺。ピンチの場面で味方投手を助けた。
「あの場面だったら絶対にバントじゃないですか。打ってきたら打ってきたで打率は下がるだろうし、打っても3割行かない世界。だったらバントの方が嫌なので…」
チームから任された打順は4番。試合で打っても、打てなくても、「守備で」何か貢献したいと考える。
慶應義塾高から慶應大学に進んで入社2年目。彼の気持ちの強さを感じたビッグプレーだった。
序盤のミスを取り返す逆転満塁弾
都市対抗野球の初戦となった三菱日立パワーシステムズ戦。トヨタ自動車は、沓掛の守備のミスで序盤に失点を許して思わぬ劣勢を強いられた。肝心のバットも奮わず3打席目までは2三振含む3打数0安打。それでも変に責任を背負うことなく、普段通りのプレーを心がけたという。
そして迎えた8回表、0対3から1点を返して、なお一死満塁の場面。打席には4番の沓掛が向かった。
「負ける気がしなかったというか、それよりチャンスだし、自分は4番だし『ここで打たなきゃいけないな』と考えました」
ピッチャーはこの場面から登板した大場遼太郎。JX-ENEOSから来た補強選手だ。その初球、甘く入った変化球を沓掛がフルスイング。
打球はライナーで左中間スタンド中段に飛び込む逆転の満塁弾。興奮気味に一塁を回った沓掛は力強いガッツポーズをしながら本塁に還るまで何度も何度も拳を突き上げて喜びを表現した。
今夏の都市対抗野球、沓掛の打率はけっして良くなかった。
2回戦 三菱日立パワーシステムズ 4打数1安打4打点1本塁打
3回戦 三菱自動車岡崎 4打数1安打1打点1本塁打
準々決勝 日本生命 4打数1安打2打点
準決勝 日立製作所 4打数0安打
決勝 JFE東日本 3打数3安打2打点
大会通算成績 19打数6安打 打率.316
準決勝までは打席でなかなか結果に繋がらず、苦しい試合が続いた。それでも9打点2本塁打の成績が示すとおりここ一番の場面での一打が目立ち打撃賞のタイトルを受賞した。
2回戦(対三菱日立パワーシステムズ)の逆転満塁弾から始まり、3回戦(対三菱自動車岡崎)の先制本塁打、そして決勝(対JFE東日本)は3安打2打点で猛打賞。勝負強さが高く評価された。
試合後は、記者に囲まれる彼の姿を複数見た。誰の目から見てもそれだけのインパクトがあったのだろう。実際、筆者の目から見ても今回の受賞に何の違和感もなかった。
4番の自覚十分、次は秋の日本選手権
チームの大黒柱で「ミスター社会人」とも称される佐竹功年からもこんなことを言われた。
「4番が打てばチームが勝つ」
「沓掛が打つことでチームを守れたり、勝つことにも繋がる」
チームの主砲として、どうあるべきかを学んだ正に金言だった。
藤原航平監督からもこう伝えられた。
「お前が調子悪くても使うから」
「お前が(しっかり)振ることで相手にもプレッシャーがかかるだろうし、それを含めてお前を4番にしているのだから、(周りは)気にしないで自分のバッティングをしろ」
そんな温かい言葉にいつも勇気づけられ、試合では気持ちを熱く滾らせる。
都市対抗野球初戦の三菱日立パワーシステムズ戦、彼が逆転満塁弾を打った後、想いを爆発させたのもそんな背景があったからだ。
決勝では初回に先制タイムリーを放つと、2塁に滑り込んだ際に足を痛めた。
「むちゃくちゃ痛いです。今も痛いです」
試合後は痛む足をチラリと見て、記者たちの質問に答えた。
―試合中は痛まなかったのか?
ひとりの記者から質問が飛んだ。
すると沓掛はこう答える。
「アドレナリンですね。自分で言うのもなんですけど、(自分は)このチームの核だと思っているので、それが試合に出ないとなるとチームの士気にも関わりますしそこは意識しています」
4番としてチームの中心選手としての自覚は十分。戦う気持ちを背中で表現した。
夏の都市対抗野球はJFE東日本にあと一歩及ばず準優勝。この借りを日本選手権で返したい。熱い気持ちを滾らせて、リベンジの秋を待つ。