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元広島カープ・辻空”最後の挑戦” BCリーグ埼玉武蔵から再びプロ野球目指す

2019 5/13 11:00永田遼太郎
辻空ⒸSPAIA
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ⒸSPAIA

もう一度プロ野球へ

六基の照明塔に照らし出された風景がなんとも懐かしく感じた。

4月19日、上尾市民球場。プロ野球BCリーグ・埼玉武蔵ヒートベアーズvs栃木ゴールデンブレーブスの一戦。

一塁側と三塁側の内野席後方では、両球団の私設応援団が観客席を盛り上げようと、トランペットを吹き、常連のファンと一緒にオリジナルの応援歌を歌っている。選手とファンの距離が非常に近く、勝利時はともに喜びを分かち合う。その関係はまるで一緒のファミリーのようである。

「ファンのひとりひとりが本当に熱いですね。(広島にいた時は)四国にも派遣されていたので、なんとなく独立リーグのイメージは想像できていたんですけど、武蔵はコアなファンが多いというか本当に(四国と)似ているし、ファンの野球愛がすごいと感じます」

そう話すのは、今年から埼玉武蔵に加わったピッチャーの辻空(つじ そら)だ。

昨秋、6年間籍をおいたNPB(日本プロ野球)の広島東洋カープから戦力外通告を受けた25歳の右腕。ファンの愛に満ち溢れたこの場所から、彼はNPB復帰を目指して、最後の賭けに出ようとしている。

球速を追求していきたい

ストレートの最速は154キロ。

自慢の速球と縦に鋭く落ちる140キロ台の変化球を武器に、相手打者を力で抑えるのが彼の投球スタイルである。当然、速球には強いこだわりを持っている。

「よく速い球、スピードを気にしたらダメとか言う人がいますけど、僕は違うと思うんです。そこは速い球を投げるピッチャーにしか分からない部分だと思うんですけど、自分のマックスは154キロなんですが、それぐらいのスピードボールを投げれる人ってコントロールも良いし、ボールの質も良いんです。僕の中では球速が出る日というのは腕が振れているバロメーターにもなっている。そういう日は変化球もするどく曲がりますし、その状態を常に求めていくのが僕のスタイルという感じなんです」

パワーで押すスタイルからは想像ができないほど、わりと理論派のピッチャーである。しっかりしているなとこちら側が感心していると、彼はさらにこう言葉を続けた。

「力んだらスピードって出ないですからね。しっかり下で『ぐっ』となって、脱力した状態で腕が『バチン』とハマったときに、スピードは出るものだと思っているので…。そういうときは脱力もできているし、ボールのキレもある。腕が振り子みたいな感じで巻き付いて来る感じを僕は求めているんです。だから『スピードばかり求めてもダメだ』とか言われても僕はなんとも思わないんです」

その言葉を証明するように、広島在籍時に、ウエスタンリーグのあるゲームで投げた直球の回転数が2500を超えていたことをあげた。

「ソフトバンクの2軍の球場は後ろで回転数などが測れるのでそこで知りました。回転数も広島の2軍の中で一番多かったと記憶しています。結果的に試合では打たれなかったので自分がやっていることは間違っていなかったんだと自信を持つことができましたし、これからもそこを追求してやっていきたいと思っています」

ただボールが速いだけではない。ボールにキレもあるからファールでカウントも稼げるし、空振りも獲れる。ただのパワーピッチャーではないことを、そのエピソードからも感じていただけると思う。

心魂を込めて野球に専念

「故障さえなかったら今頃は…」

彼を知る多くの者たちが、きっと感じていることだろう。

今春はNPBの埼玉西武、そして千葉ロッテ二軍との練習試合でも登板し、ともに1イニングを無失点に抑える好投を見せた。

「正直、全然通用するんじゃないかなって思いましたね」

と、辻自身も自信を深めたようにこのクラスでは力が一枚上なのは間違いない。それは広島在籍時の昨春、1軍がキャンプを張る日南に召集された事実が証明している。あとはキャンプを離脱する要因にもなった身体面の不安を今も抱えているのかどうかだけ。そこで、彼はこの春、あることを改善した。

「以前は練習場が寮のすぐ横にあったので時間ギリギリまで寝ていたり、そういう甘えが多少出ていたと思うんです。でも、今は(球場へ)通わなきゃいけない環境に変わって、その分、朝もしっかり起きる生活になりました。夜もなるべく早めに寝て、朝は早めに起きてという感じです」

デーゲームが行われる日はもちろん、ナイターが行われる平日の朝も9時には起床して、そこからジョギングとストレッチをしてから球場へ向かっている。

「今は一人暮らしをしているので、寮生活で甘えがあったと余計感じるんです。以前は寮でご飯とかもちゃんと出ましたし、そうした生活に任せっきりになっていた自分がいたと言いますか、時間の使い方がちょっと下手でした。そういうところで怪我にも繋がったんじゃないかなって今は思っているんです」

昨オフに行なわれた広島の納会では、これまで世話になった首脳陣およびチームの裏方から、こんなエールが贈られたという。

「実力は認めている。やればできるんだからもう1年だけ頑張れ」

その言葉に勇気づけられると同時に、言葉の意味も深く考えた。

ピッチャーとしての実力以外のところで自分を見つめ直そう。

だから、この1年だけは心魂を込めて野球に専念することを誓った。

この1年は常にアピールの場

今春の自主トレでは、自身の特長をさらに伸ばしていこうと主に下半身強化に取り組んだ。

「特に瞬発系ですね。自分はスピードのあるボールでどんどん押していくピッチャーなので、そのためには下半身の強さだとか瞬発力が必要なので、そこを重点的に鍛えました。自分自身、もっともっと速い球を投げられるようにと思っているんで、そこはこれからも鍛えていきたいです」

そうした効果もあってか、今春の辻は常時150キロ台の速球を投げ込み、好不調の波も少ない。

5月12日現在、BCリーグで5試合4回2/3を投げて防御率0.00の成績。奪三振率も高く、このイニング数で倍以上の10個の三振を奪っているのも彼の調子の良さを裏付ける。やはりこのクラスでは力が一枚抜けているようだ。

今年3月の千葉ロッテとの練習試合では広島時代、同じ育成枠として過ごした千葉ロッテの三家和真と再会した。

「自分がまだ高校を卒業したばかりだったので、あまり野球の話をした思い出はないんですけど、いつも二人で過ごしていた記憶はあります。二人とも同じ育成枠だったので、三家さんだったら『2000本まであと2000本だ』とか、自分だったら『200勝まであと200勝だ』とか、本当にバカなことばかり話していましたね」

辻がプロ1年目のシーズンを終えた2013年に、三家は広島から戦力外通告を受け、チームを去った。その後、三家は3年間のBCリーグでの生活を経て、2017年に千葉ロッテでNPBに復帰。その年に1軍の公式戦出場も果たした。

自分もそこに続きたい。そんな強い想いをしたためる様に、辻は翌日のSNSに二人のツーショット写真をアップした。

「僕の中ではBCリーグは1年だけって決めています。この1年以内でどこからも声をかけてもらえなかったら、もう野球には区切りをつけようと思っています。それくらいの気持ちで今、やっているので、試合の時も練習の時も常にアピールの場だと思ってやっています」

取材中、辻の誠実な姿勢に好感を持った。

そうした姿勢は練習時、および試合時になっても変わらないし、見ている者にも‶戦う気持ち″が伝わってくる選手なんじゃないかと勝手ながら感じている。

いつかこの現状を打破し、かつてのチームメイトらが待つNPBの舞台へ。

羽ばたく日はけっして遠くないはずだ。

だから今日も全力でその右腕を振り抜く。