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バドミントンで有名なオグシオペアの功績をお伝えします

2016 12/9 21:03
バドミントン
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Ⓒゲッティイメージズ

バドミントンを詳しく知らなくても、「オグシオ」を聞いたことがある人も多いのでは?オグシオの愛称で親しまれていたバドミントンペアの小椋久美子選手と潮田玲子選手。二人の生い立ちから輝かしい実績までを紹介する。

オグシオの生い立ちと出会い

小椋選手は1983年生まれの三重県出身。バドミントンは姉の影響で、小学生だった8歳から地元のスポーツ少年団で始めた。同じ歳の潮田選手も1983年生まれ。福岡県出身だ。バドミントンを趣味でしていた母の影響で、ラケットに触れたのは3歳頃。友人の誘いで京都の名門クラブに6歳で入団し、二人ともメキメキと力をつけていった。二人の出会いは、お互い小学生のころから全国大会の常連で、対戦するほどの実力までになった。

オグシオペアの特徴

高校生の頃、参加していたジュニアナショナルチームの合宿でたまたまペアになったオグシオ。正規ペアでチーム1番手の選手達に勝ったという逸話がある。3年生の頃、小椋選手が潮田選手を口説いて共に三洋電機バドミントン部に入り、正式にペアとなった。インタビューでも本人たちが言っていたように、お互い「合わせる」ことを大切にし、お互いが支えあえることを強みにしていたそうだ。
ペア初期は、潮田選手が相手の球を利用してラリーを展開し、小椋選手がスマッシュを打ち込む展開が理想だったが、ワンパターンでは世界に通用しないと強化され、それが後の好成績に繋がったとも言われている。

オグシオペアの実績

2003年全日本総合選手権で準優勝、2004年には惜しくも五輪出場を逃すも、国内では全日本総合選手権で五輪出場代表のペアを抑え、念願の初優勝。そこから一気に全日本総合選手権ではペア解散するまでの5年、連続優勝を飾った。また、国際大会でも実力を発揮し、アジア選手権で準優勝、大型国際大会でも優勝を飾るなど、功績をのこしていく。
日本ランキングでは1位になり、世界ランキングでも7位という快挙で、2008年の北京オリンピックへの出場権取得も果たした。

オグシオが業界に与えた影響

全日本総合選手権で初優勝を遂げた年、二人のルックスやトークの良さやからもメディア出演が増え、バドミントンを知らない人にも二人の存在とバドミントンが広く周知されるようになる。バドミントン界の広告塔としてのその影響力は、2006年の試合で、バドミントン競技では異例の1万人の観客が押し寄せたという記録からもうかがえる。
CMに起用されたり「オグシオ」が2007年流行語大賞にノミネートされるほどの人気で、各業界の宣伝効果は150億や200億ともいわれている程だ。

現在のオグシオは

残念ながら2008年にペアを解消し、小椋選手は2010年に現役を引退発表。スポーツインストラクターに転身し、子供たちを中心に、指導や楽しさを伝える活動を行いながら、(公財)日本バドミントン協会の普及指導開発部のメンバーに。解説や講演、メディアへの出演などで、今もバドミントン業界に貢献している。
また、潮田選手は解散後、日本ユニシスの女子バドミントン部に加入し現役続行を優先しながら、メディア出演などをしていた。バドミントンは2012年に引退し、(公財)日本バドミントン協会の普及指導開発部のメンバーにも。現在は一児の母として幸せな生活をおくっている。

まとめ

オグシオペアは成績やバドミントン業界にも功績をのこした。ペア解消を惜しまれていたが、現在でもバトミントン界に携わり、ブログでは二人の様子をうかがうことができる。今後の活躍も楽しみだ。