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あなたの名場面は入ってる?オートレースにおける名場面4選!

2016 12/21 10:03
オートレースⒸShutterstock.com
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Photo by Action Sports Photography/Shutterstock.com

オートレースは1950年に初開催され現在まで数多くの名勝負、名場面を生んできた。今回はその60年以上にも渡るオートレースの歴史の中で生まれたオートレース史上に残る名勝負、名場面を4つ紹介する。

オートレースにおける名場面とは?

オートレースにおける名場面、名勝負は人それぞれにあるものだ。”初めて生で見たレースが名場面”、”好きな選手が勝利したら名場面”、”激しい攻防を目の当たりにする”、”万車券が当たる”など色々なところから名場面は生まれてくる。人の数だけ名勝負、名場面はあるのだ。スポーツなどで名選手、名勝負、名場面の話をすると一晩でも語りつくすことができるというがそういった醍醐味がオートレースにもあるのだ。

1988年:第20回日本選手権(飯塚)

鈴木辰巳、田代祐一、飯塚将光の3人が激しい攻防をし鈴木辰巳が先頭でレースが進む。残り4周で田代祐一が先頭に立ち飯塚将光も2位に上がった。残り3周で飯塚将光が追い上げ一度は首位に立つが、すぐさま田代祐一が抜き返す。最後まで田代祐一と飯塚将光が接戦を演じるが、僅かの差で田代祐一が勝利した。
これが田代祐一にとって初の日本選手権制覇だったのだ。この激しい展開に目を奪われたファンも多いのではないだろうか。

1997年:第11回スーパースター王座決定戦(川口)

片平巧の真骨頂箱のレースに凝縮されていると言っても過言ではない。スーパースター王座決定戦2連覇中の片平巧は1人だけハンデ10メートルというスタートだった。そのハンデを苦にせず片平巧は1周ごとに順位を上げていき、残り5周で先頭に立つと以降は先頭を譲ることなく圧倒のレースを見せ、スーパースター王座決定戦3連覇を達成したのだ。このレース前、片平巧は風邪を引いており栄養剤を打ちながらの勝利だったというのも驚きである。

2004年:第36回日本選手権(船橋)

前年の第35回日本選手権優勝戦(伊勢崎)で、池田政和が伊勢崎のエースである高橋貢を破り優勝を飾ってから1年が経ち、この両雄が再び日本選手権優勝戦の場で顔を合わせる。池田政和が2枠を引き、高橋貢は大外の8枠を引いた。この時点で大多数のファンは”池田政和の勝ちだ”なと思ったことだろう。日本選手権はハンデがないオープン戦ということもあり内枠、外枠の有利不利が大きく出るのだ。
レースは残り1周で先頭は池田政和、2番手に高橋貢。そして勝負の第3コーナーで高橋貢が池田政和のインをつく。一歩間違えれば大事故になりかねない大勝負をしたのである。その大勝負の甲斐があり高橋貢が1年前の雪辱を果たす。

2008年:第31回トーケイ杯争奪戦初日第12レース(伊勢崎)

森且行、高橋貢、田代祐一が抜きつ抜かれつのデッドヒートを繰り広げたのは雨中のトーケイ杯争奪戦初日第12レースだった。優勝したのは高橋貢だったが道中は3人によるツバ競り合いが続き、あわや落車するのではないかといったギリギリの攻防で魅せてくれた。このレースは2008年のベストマッチ・オブ・ザ・イヤーにも選ばれている。
このレースは日本選手権といった大きいレースではなく一般戦でもあり、そういった一般戦からもベストレースが生まれるということを教えてくれたレースでもある。

まとめ

オートレースの名場面4戦はいかがだろうか。オートレースは常に真剣勝負である。その真剣勝負の中だからこそ生まれる名勝負をこれからも見せてもらいたいものだ。オートレースは船橋が閉鎖されるなど暗いニュースもありましたがぜひとも盛り上げてもらいたいものである。