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東京五輪でメダルを期待させる一山麻緒の「ネガティブスプリット」

2020 3/9 12:54鰐淵恭市
一山麻緒Ⓒゲッティイメージズ
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Ⓒゲッティイメージズ

名古屋ウィメンズマラソン優勝で最後の1枠もぎ取る

女子マラソンの最後の1枠に滑り込んだ一山麻緒(ワコール)は、メダルを狙える逸材かもしれない。

2時間21分47秒を突破することが東京五輪代表入りへの最低条件だった名古屋ウィメンズマラソン。一山は自己記録を4分以上更新する2時間20分29秒で優勝した。好タイムもさることながら、勝負強さも併せ持った力強い走りに、一気にメダルを期待する声が高まってきた。その期待は妥当なものなのか。データから分析してみる。

国内開催では史上最高記録

一山が今回マークした記録は日本歴代4位である。五輪で金メダルを獲得した高橋尚子、野口みずきの記録はそれより上で、2人とも2時間19分台。自己ベストだけを比較すると、まだ2人の域に達していないと思われるかもしれないが、2人が記録を出した大会を見てほしい(表参照)。いずれもベルリンでの記録である。歴代2位の渋井陽子もベルリンで出している。つまり、一山より上の記録はすべてベルリンでマークされたものである。

女子マラソン日本歴代記録

ベルリンは、記録が出る大会として知られる。男子世界記録もベルリンでマークされた。平坦でカーブも少ない上に、ペースメーカーの質も高い。日本女子の上位3人の記録は、圧倒的な高速コースで出た記録である。

日本国内でのレースだけに限ってみれば、今回の一山の記録のすごさがわかる。

これまでの日本国内のレースにおける日本選手の最高記録は、2003年大阪国際女子マラソンで野口がマークした2時間21分18秒だった。一山はこれを49秒も更新したのだ。これまでの日本選手が誰も成し得なかった国内での2時間20分台。それも、気温が7度台、雨が降りしきるという悪条件での記録である。ある意味、野口が持つ日本記録に匹敵する、もしくは、それ以上に価値のある記録である。

序盤からハイペースも後半さらにペースアップ

一山の走りを見て、強さを感じた人は多いと思う。ペースメーカーが外れた30キロで抜けだし、そのまま逃げ切った。その勝負勘ももちろんなのだが、終盤に向けてペースを上げていくスタミナも驚異的だった。それも、30キロまでもハイペースだったにもかかわらずだ。

マラソン界では「ネガティブスプリット」という言葉がある。これは前半のハーフより、後半のハーフが速いことを意味する。男子では顕著なのだが、ネガティブスプリットで走れることが、速さや強さの一因にもなっている。男子マラソンのエリウド・キプチョゲ(ケニア)が世界記録を出したときも後半の方が速かった(前半1時間1分6秒、後半1時間0分33秒)。

そして、今回の一山の走りは、このネガティブスプリットだった。前半を1時間10分26秒、後半を1時間10分3秒でカバー。序盤からハイペースで進みながら、さらに後半を上げていくことができるというのは、本物の力があるということの証左だろう。ちなみに野口みずきが日本記録をマークした時は前半1時間9分19秒、後半1時間9分53秒で、後半の方が遅くなっている。一山のように日本女子のトップレベルで、ネガティブスプリットで走れる選手は珍しいのだ。

2020年世界ランク5位、メダル争いも視野

2020年のタイムによる世界ランキングを見ると、一山のタイムは5位である。1位の2時間17分45秒とは少し差があるものの、順位的には世界に伍する位置にある。

また、世界陸連ではタイムに加え、大会のグレードや順位も加味したランキングも出している。マラソンの場合、過去18カ月の中でハーフマラソンも含めてポイントの高い2大会を合算して算出する。

執筆時点ではまだ名古屋のポイントが加算されておらず、一山は156位になっている。日本のトップは、五輪代表争いで一山に記録を抜かれた松田瑞生(ダイハツ)の28位。名古屋は大会のグレードは最上級の「プラチナ」。好記録で、かつ、プラチナで優勝した一山のランキングは、松田に並ぶか、上になるものと思われる。

それでも世界20位台では五輪ではメダルを狙えない、と思われるかもしれない。だが、五輪に出場できるのは1カ国3人まで。各国上位3人に絞ったランキングになると、松田は11位にまで上がる。一山も同等の順位になることが予想されるから、力的にはメダルを狙える位置にいると言っても、言い過ぎではない。

高橋尚子と同じく5度目のマラソンで五輪へ

一山は出水中央高校(鹿児島県)出身の22歳。初マラソンは昨年の東京で、今回が4度目のマラソンだった。若さと、初マラソンからの短さも勢いを感じさせる。

マラソンは駆け引きもあり、経験が必要だと言われるが、過去の金メダリスト2人は意外に早くメダルを取っている。

高橋がシドニー五輪で金メダルに輝いたのは初マラソンから3年後、通算5度目(欠場は1レースは除く)のマラソンだった。野口は初マラソンから2年後でアテネ五輪が4度目のマラソンだった。一山が東京五輪(コースは札幌だが)を走れば、5度目のマラソンになる。2人の金メダリストと比較すると、年数は短いものの、回数的にはちょうどいい時に五輪を迎えることになる。

もちろん、五輪は「暑さ」という要素とも戦わなくてはならない。一山は昨年9月のマラソングランドチャンピオンシップでは6位だった。暑さへの対策はこれからだろうが、それが克服できれば、日本女子マラソンのエースとして、表彰台が期待できる。