最新モデル「超厚底」も完成済み、技術ドーピングの対象?
陸上の長距離界を席巻する「魔法の靴」厚底シューズが世界陸連の新規定で規制がかかる可能性が高まっている。話題を独占するのは米スポーツ用品大手ナイキが2017年に出した「ヴェイパーフライ」シリーズ。現行の第3モデル「ズームXヴェイパーフライネクスト%」に加え、最新の通称「アルファフライ」と呼ばれる第4モデル「超厚底」の試作品も既に完成済みといわれ、英メディアでは少なくとも最新モデルが「技術ドーピング」の対象になるとの見方がある。
男女マラソンの世界記録更新をはじめ市民ランナーも愛用し、東京五輪を目指す日本のトップ選手や正月の箱根駅伝でも選手の好タイムが相次ぐ厚底シューズ。定価は約3万円と一般市民にも手が届く範囲で、反発力のあるカーボンファイバー(炭素繊維)の板を挟み込み、軽量化やクッション性とともに足を前に押し出す「推進力」を両立させている点で人気商品となった。
スポーツ界で新技術の開発と競技の公平性を巡るルールで物議を醸した例は過去にもあったが、スピードスケート界に「革命」を起こして定着した「スラップスケート」と、世界記録連発で後に禁止となった「高速水着」の違いはどこにあるのか―。
スケート界の「魔法の靴」は規制されず
スピードスケートで1998年長野冬季五輪前に急速に普及したのが「魔法の靴」と呼ばれた「スラップスケート」だ。1980年代に王国オランダのメーカーと大学が開発し、かかと部分のブレード(刃)が靴底に固定されず、けり出すと刃が靴から離れてバネで戻る画期的な仕組み。かかとを固定した従来型と比べて刃が氷の上に接する時間が長くなり、減速を抑えて効率的な滑りができる「技術革命」だった。
このスラップスケートを巡っても、バネの存在が推進力の補助になっているのではないかと米国などから抗議があり、禁止も含めて検討された。国際スケート連盟(ISU)は技術競争の過熱に神経をとがらせながらも、刃が氷上を滑走し続けている点などを踏まえ「技術の進歩で規則の範囲。バネが機械的な助力になることはない」との見解で使用を許可。ただし、選手同士が接近して滑るショートトラックでは転倒した際に刃でけがをしやすいなど従来型のスケートより危険性が高いと判断され、禁止された。
日本勢は「魔法の靴」の対応で明暗が分かれ、ロケットスタートの代名詞だったエース清水宏保がスラップを履きこなして長野五輪で金と銅、岡崎朋美も銅メダルを獲得。一方で堀井学や中長距離陣は対応が遅れ、欧米勢に大きな差をつけられる結果となった。
NASAの協力を得た高速水着は94%着用
対照的に騒動から禁止されたのは北京五輪を控えた2008年、水泳界に登場し「魔法の水着」と呼ばれた英スピード社の「レーザー・レーサー(LR)」である。
ラバーやポリウレタンでできた特殊加工の競泳用水着で縫い目がなく、体全体を締めつける最新鋭のスーツ型。英スピード社が米航空宇宙局(NASA)の協力を得て開発し、体をスーツ内に押し込んで水抵抗を極限まで減らして浮力が生まれる構造で、着用するだけで30分~1時間もかかると言われるほど四苦八苦する姿がテレビの話題になった。
スピード社の統計では男子平泳ぎのエース北島康介をはじめ、北京五輪金メダリストの94%がLRを着用。翌年の2009年世界選手権(ローマ)でも驚異的な43の世界新記録が生まれた。
価格は最高約7万円と高額で、一般的な水着の約5倍もするといわれたが、日本を含めた他社も参入して世界を揺るがす競合となり、国際水連は「技術ドーピング」などとの批判も受けて2010年に水着のルールを改正。全身をポリウレタンで覆った水着やラバー水着を禁止し、素材の厚さを最大1ミリとして浮力の効果を1ニュートン以下とするなど具体的な新規定をまとめた。紆余曲折を経て事実上の高速水着の禁止だった。
素材は繊維のみとなり、水着が体の表面を覆う面積も制限され、男子はへそからひざまで、女子は首や肩を覆わずひざまでと改定。承認された水着を複数の専門家が科学的テストにより管理するプログラムも確立した。
厚底シューズの新規定はどうなる?
陸上の競技規則では「不公平な助力や利益を与える」シューズは禁止とされているが、跳躍種目以外は底の厚さに一定の制限は現状ない。世界陸連は1月末に専門家による調査委員会で新規定を出し、3月の理事会で結論を出す予定だが、ナイキ社の厚底シューズはスラップスケートや高速水着のどちらに該当してくるのか。
米ニューヨーク・タイムズ紙は昨年12月、一般ランナーを含めた過去のデータを基に平均的なシューズに比べて4~5%速くなると報じた。今回の焦点は厚底の中にあるカーボン素材の特殊プレートが反発力を生み、走りの推進力を「不公平な助力や利益」を与えているかどうか。高速水着のように詳細な規定を設けるのかが注目されるポイントとなる。
マラソン、ロード種目を高速化に導いているとされる「厚底シューズ」が東京五輪前に禁止となれば、国内外で混乱は必至。世界陸連の調査がどこまで数値化できるのか。マラソン日本記録保持者の大迫傑(ナイキ)が自身のツイッターで「どっちでも良いからさっさと決めてくれーい。僕ら選手はあるものを最大限生かして走るだけ。それだけ」と早急な結論を求めた通り、世界のトップ選手から一般ランナーまで大きな関心が集まっている。