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札幌開催の東京五輪マラソン、意外なメリットとデメリットとは?

2019 12/21 06:00田村崇仁
急転マラソン開催が決まった札幌市ⒸT J/Shutterstock.com
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ⒸT J/Shutterstock.com

「合意なき決定」で宿泊や警備の課題山積

2020年東京五輪のマラソンと競歩は、暑さ対策を懸念した国際オリンピック委員会(IOC)の事実上のトップダウン指令で札幌開催にドタバタ移転が決まった。開幕まで9カ月を切った段階で、東京都の小池百合子知事が「合意なき決定」と反発した急転直下の会場変更。五輪のマラソンが開催都市以外で実施されるのは史上初となる。

強権的で唐突な決定プロセスで「選手ファースト」に疑問の声も相次いでいるが、札幌市中心部の大通公園を発着点とする周回コースや日程も大筋決着。ただ準備期間が短い上、今後は宿泊や警備態勢、追加経費の算定、販売済み観戦チケットの払い戻しなど運営面の課題が山積みだ。

一方、パラリンピックは過去の気温や湿度などのデータを収集し、五輪とは対照的に選手の聞き取り調査をした上で大多数の支持を占めた「東京開催」で従来の計画通りに行うことが確認された。

気温は札幌が平均3~4度低いデータ

札幌開催のメリットはどんな点があるだろうか。

IOCは10月下旬、札幌への移転経緯をまとめた資料を公表し、東京と比べて8月の平均気温が3~4度低いことを大きな理由に挙げている。北海道マラソンを毎年夏に開く実績も評価した。データだけ比較すれば、選手にとって東京より快適に走れる可能性は高い。

今秋に中東ドーハで開かれた陸上の世界選手権でマラソンと競歩の棄権者が続出し、IOCは「選手ファースト」の観点から熱中症のリスクなど強い危機感を持ったという。資料では熱中症の危険度を示す暑さ指数(WBGT)でドーハと東京はほぼ同水準だと指摘。朝6時スタートのさらなる前倒しも提案されたが「観客がいない真夜中に選手を走らせるのは選手ファーストに反する」などの理由で却下された。

ただ夏の札幌も意外と蒸し暑いと指摘される。日本陸連の瀬古利彦マラソン強化戦略プロジェクトリーダーは当初の女子マラソン実施予定だった2019年8月2日の気温を「東京は35度、札幌は34度」と例に挙げ「札幌は涼しいと思っていたら痛い目に遭う」と暑さ対策に継続して取り組む姿勢を示している。

2030年の札幌冬季五輪招致に追い風も

花形のマラソンは、開催都市にとっては映像を通じて街の魅力を発信する貴重な機会にもなる。2030年冬季五輪招致が控える札幌市にとっては、開催運営能力と魅力をアピールする千載一遇のチャンスが来たともいえる。招致熱の冷え込みで窮地のIOCにも今回の受け入れは「恩」を売る格好につながりそうだ。

地元が負担する恒久的なインフラ整備はほとんどなく、仮設の費用はIOCか大会組織委員会が負担する。IOCが五輪改革の一環として開催都市以外で複数の競技実施を容認していることも今回の判断に追い風となった。 一方、都は選手や観客の暑さ対策で億単位の費用を掛けて遮熱性舗装の対策も進めていたが、変更で準備が水の泡に。会場はパラリンピックのみに生かされることになる。

高速&フラットなコースで日本選手は不利に?

ではデメリットはどんな点があるだろうか。

日本は東京開催前提で本番を想定したマラソン・グランドチャンピオンシップ(MGC)と銘打ったテスト大会も開催。暑さや東京本番コースへの入念な準備をしてきただけに、時間変更ならまだしも選手への影響は当然あるだろう。

仮に東京より気温が低くなれば高速レースになることも予想される。そうなると近年の実力を考えればケニアやエチオピアなどアフリカ勢が有利になり、日本勢は太刀打ちできなくなる。

東京のコースは後半に上り坂があり、高温多湿の条件に強いMGC男子1位の中村匠吾(富士通)や服部勇馬(トヨタ自動車)ら日本の選手は得意な後半の粘りが生かされるコースだったが、フラットな周回コースの札幌ではその利点は生かしづらくもなりそうだ。

男子マラソン表彰式は異例の形に?

会場変更の余波は思わぬところにも出ている。男子マラソンは伝統的にメインスタジアム(東京五輪は国立競技場)での閉会式でフィナーレとして表彰するのが通例だったが、今回は表彰式を札幌で行う案が浮上。発汗量が多いマラソンはドーピング検査で尿が出るまでに時間を要することが多く、大会最終日の場合、東京で行う閉会式へ航空機を利用しての選手の速やかな移動に課題が出ている。

競歩とマラソンを4日間で集中開催

男女20キロと男子50キロ競歩を含めた計5種目を8月6~9日の大会終盤4日間に集中開催する日程変更も了承され、札幌市中心部は朝夕の交通規制が必須となり、市民生活や経済活動に大きな影響が出そうだ。マラソンは沿道警備やボランティアの大規模配置も早急に検討が必要となる。

内訳は8月6日午後4時半に男子20キロ競歩、7日午前5時半に男子50キロ競歩、同午後4時半に女子20キロ競歩を実施。8日に女子マラソン、大会最終日の9日に男子マラソンを行う。

東京五輪マラソン、競歩日程

さらに男女のマラソンは当初の予定を1時間遅らせて午前7時スタートになった。札幌の気温の低さを見込んで判断したことに加え、沿道の集客にも考慮したとみられるが、これまで暑さ対策で招致段階の7時半を7時に前倒し、さらに6時に早めてきた経緯があり、開始時間を遅らせた判断には懸念の声も出ている。

チケット払い戻し、宿泊が最大の課題?

札幌での五輪マラソンは男女とも有料観客席を設けず、チケットを販売しない方針だ。全て無料観戦できる競歩と違い、マラソンはもともと発着点だった国立競技場での観戦用に5月の1次抽選と8月の追加抽選で一部は販売済み。競技の観戦とセットになっていた女子マラソンはいったん払い戻しをした上で、マラソンを除いたチケットの再販売となる。

大会期間中は選手、役員ら関係者約2500人の札幌への移動が発生するという。関係者が頭を抱える最大の課題は宿泊。本来選手村に泊まる選手がホテルに泊まり、追加費用が大幅に増えるためだ。札幌の観光シーズンとも重なり、宿泊の確保も問題となっている。

札幌の冬は積雪でマラソンコースの準備も滞ることが予想され、春から急ピッチで準備を進める作業は最後までドタバタが続きそうだ。