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日本人初の9秒台を達成した桐生10秒01からの4年を振り返る(6)

2017 9/29 10:59きょういち
陸上競技
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出典 GotziLA STOCK / Shutterstock.com


日本人初の9秒台を達成した桐生10秒01からの4年を振り返る(5)

 「新しいウサイン・ボルトみたいだ」

 2013年6月29日英国バーミンガム。翌日にダイヤモンドリーグのレースを控えた記者会見で、桐生祥秀は海外の記者にそう言われた。高校生がダイヤモンドリーグに参戦することだけでも珍しいのに、やってきたのは日本の17歳だから、なおさら珍しい。桐生は海外メディアの注目の的だった

 「ボルト選手みたいに世界で戦える選手になりたい」

 「いつも通り楽しく走りたい」

 日本での「9秒台狂騒曲」から抜けだし、初めての海外渡航で英国にやってきた桐生はリラックスしていた。

初の海外は最下位に沈む

 レースは「世界」を体感するものとなった。

 9秒台の自己ベストを持つ選手が7人出場。予選の同じ組でも4人が9秒台の記録を持つ選手だった。

 スタートこそまずまずだったが、中盤以降は全く伸びず、10秒55で最下位。出場した16人の中でも最も遅いタイムだった。桐生が10秒01を出して以降、全力で走ったレースでは最も遅いタイムでもあった。

 日本のレースでは、桐生が最下位になることなどあり得ない。彼が目指す「世界」が高いものであることがわかったレースだった。

 「力不足です」。レース後の桐生は、いつになく興奮していた。

 「自分の走りが伸びない。想像以上に前に出られた」とレベルの違いを痛感していた。

 この時の桐生で印象に残っているのが、この言葉だ。

 「悔しさが一番。でも、悔しさがあるから次があると思う」。

 悔しさがあるから次がある、というのは、桐生が今でも使っていると思う。

立ったま眠りそうに

 力不足という現実は突きつけられたものの、このダイヤモンドリーグでこう感じていた。

 「貴重な経験を味わえた」

 時差に対応するのも初めてだった。立った眠りそうになるのも我慢して、時差調整した。

 スターティングブロックも日本のものと角度が違っていて、対応に苦慮した。

 トラックは日本のものに比べて軟らかく、思ったように前に進めなかった。日々、勉強だった。

 そして、生まれて初めて、目の前で9秒台の走りを見た。全てが日本では味わえない経験だった。間違いなく、桐生の人生の中で、この大会はプラスになっていると思う。

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