初の海外は最下位に沈む
レースは「世界」を体感するものとなった。
9秒台の自己ベストを持つ選手が7人出場。予選の同じ組でも4人が9秒台の記録を持つ選手だった。
スタートこそまずまずだったが、中盤以降は全く伸びず、10秒55で最下位。出場した16人の中でも最も遅いタイムだった。桐生が10秒01を出して以降、全力で走ったレースでは最も遅いタイムでもあった。
日本のレースでは、桐生が最下位になることなどあり得ない。彼が目指す「世界」が高いものであることがわかったレースだった。
「力不足です」。レース後の桐生は、いつになく興奮していた。
「自分の走りが伸びない。想像以上に前に出られた」とレベルの違いを痛感していた。
この時の桐生で印象に残っているのが、この言葉だ。
「悔しさが一番。でも、悔しさがあるから次があると思う」。
悔しさがあるから次がある、というのは、桐生が今でも使っていると思う。
立ったま眠りそうに
力不足という現実は突きつけられたものの、このダイヤモンドリーグでこう感じていた。
「貴重な経験を味わえた」
時差に対応するのも初めてだった。立った眠りそうになるのも我慢して、時差調整した。
スターティングブロックも日本のものと角度が違っていて、対応に苦慮した。
トラックは日本のものに比べて軟らかく、思ったように前に進めなかった。日々、勉強だった。
そして、生まれて初めて、目の前で9秒台の走りを見た。全てが日本では味わえない経験だった。間違いなく、桐生の人生の中で、この大会はプラスになっていると思う。
足首の硬さが速さの秘密
「桐生の身体的特長は足首が硬いこと」
2017年9月9日、桐生が日本選手初の9秒台をマークした時、桐生の速さの秘密を伝える記事ではそう報じられていた。筆者がその事実に気付いたのは、このバーミンガムでのダイヤモンドリーグだった。
足を前後に開く、いわゆる「アキレス腱を伸ばすストレッチ(一般の人が走る前によくやるストレッチ)」をしながら、桐生は語ってくれた。
「僕、足首がめっちゃ硬いんです。以前、軟らかくしようとしたら、走りがおかしくなったんです」
桐生は直立してかかとをそろえた状態から、そのままゆっくりお尻を下ろしていくと、後ろにひっくり返ってしまうほど、足首が硬い。
なぜ、足首が硬いと足が速くなるのか。
接地した際、足首のぶれが少なく、より多くの反発力を得られるからだ。
2013年当時の桐生の足首の硬さを示す数値がある。地面を蹴った後に両足が空中に浮かんでいる「滞空時間」を、足が接地している「支持時間」で割った「滞空比」。得られる反発力が大きいほど、滞空比も大きくなる。
桐生が10秒01をマークした時、その数値が中盤以降、1.4を超え、31歩では最大の1.5になった。関係者によると、「普通の選手なら1~1.1で、1.2でもすごい」のだという。
ライバルの山県亮太と比較しても、すべての局面で、桐生の方が数値が大きく、支持時間が短いのが特徴だった。
長距離に比べて短距離は、持って生まれた身体能力に左右される部分が大きい。もちろん、桐生の努力があってこその9秒台だったが、彼はまさにスプリンターになるための足首を持って生まれてきたのである。
(続く)