日本選手権では4位
桐生はこの1カ月前の日本選手権で、優勝候補の筆頭と目されながら、まさかの4位に終わり、100メートルでのロンドン世界選手権出場権を手にすることができなかった。
「甘く見ていたわけじゃないけど、先のことばかり考えて足元をすくわれた」
桐生はメディアに対して気丈に振る舞ったが、最後には涙もこぼれた。
トワイライト・ゲームスは、それ以来のレース。桐生として、復活を期するためのレースであった。
7月23日。東京・代々木公園にある織田フィールドは、湿度の高い生暖かい空気に包まれていた。
関東学生陸上競技連合が主催する「トワイライト・ゲームス」という大会が行われていた。名前のごとく、レースは夕方から始まり、観客はビールを片手に飲みながら観戦するという、ちょっと変わった大会である。レースの合間には大音量で音楽が流れたりもする。
織田フィールドは大きな競技場のサブトラックよりも簡素な作りで、観客席はあまりないものの、この日は異様な盛り上がりを見せていた。男子100メートルに10秒01の記録を持つ桐生祥秀(東洋大)が出場するからである。
桐生はこの1カ月前の日本選手権で、優勝候補の筆頭と目されながら、まさかの4位に終わり、100メートルでのロンドン世界選手権出場権を手にすることができなかった。
「甘く見ていたわけじゃないけど、先のことばかり考えて足元をすくわれた」
桐生はメディアに対して気丈に振る舞ったが、最後には涙もこぼれた。
トワイライト・ゲームスは、それ以来のレース。桐生として、復活を期するためのレースであった。
100メートルは観客が総立ちで見守る中で行われた。織田フィールドの観客席はトラックに近く、かつ、高さも低い。10秒0台の走りを間近で体験できるということもあり、観客も興奮していた。
レースはと言えば、桐生の圧勝であり、改めて日本男子短距離界に桐生という存在は必要だと再認識させるものだった。
スタート直後から、ほかの選手を圧倒。体調は完璧ではなかったというが、その走りはほかの選手とは次元が違っていた。その速さに、観客からは「うおー」という声が響く。タイムは追い風0・6㍍で10秒05の大会新。10秒0台は今季4回目で、安定感で言えば日本のトップだろう。だからこそ、日本選手権での惨敗が悔やまれるのである。
日本選手権後はしばらく、練習に身が入らなかった。何をモチベーションにしたらいいかわからず、土江寛裕コーチにも、食ってかかったという。確かに練習でも走れば、圧倒的に速い。だが、桐生の心はなかなか晴れなかったという。
「グラウンドに行っても走る気がしない」
ようやく踏ん切りが付いたのが、日本選手権から1週間たってのこと。炎天下の午後1時から3時間半、大音量で音楽を聴きながら、無心で苛烈なメニューをこなした。50メートル走を70本。相当にハードな練習である。無心でこなしたから、気がついたら70本になっていたという。
そんな苦行を自らに課し、過去の悔しさを振り切った。そんな中での10秒05だった。
トワイライト・ゲームスのレース前、桐生はリラックスしていた。
音楽も流れ、競技場も小さいことがあるだろうが、「なんか、大会じゃないみたい」と漏らしていた。まさにこのリラックスした感じが桐生には必要なのだろう。
日本選手権の時、その表情は硬かった。言葉は冗舌に出てくるが、明らかに緊張している感じがみてとれた。
桐生は大一番に弱い、勝負弱い、という声も聞こえてくる。たしかに、日本選手権で優勝したのはまだ1度しかない。昨年のリオデジャネイロ五輪の100メートルでも、出場した日本選手3人の中でただ一人の予選落ち。陸上は記録と勝負の両面で見ることができる競技だが、現在は勝負の面で力が劣っていると言わざるを得ない。
「今は弱いと思われていると思う。でも、弱ければ強くなればいい。今はボロクソに言われてもいい。『3年後は見とけよ』と」
3年後の東京五輪、桐生は輝けるのか。今年の8月の世界選手権は、リレーメンバーとしてロンドンの地に立つ。