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前人未到の記録達成!陸上・川内優輝選手の功績などをもっと知ろう!

2017 7/10 10:25華津代
陸上,マラソン
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Photo by Ivanko80/Shutterstock.com

県庁に勤める、最強の市民ランナーとして注目を集めてきたのが川内優輝選手だ。今回はフルタイム勤務をしながら国際マラソンなど年間に数多くの大会に出場している川内選手について、試合での実績、エピソードなどを含めて前人未到の記録への道のりを紹介していきたい。

川内優輝選手のおいたちから市民ランナーまでの道のり

1987年3月に3人兄弟の長男として生まれ、埼玉の名門春日部東高等学校をへて学習院大学法学部政治学科へ進んだ。高校では県大会レベルの選手として走っていて故障も多かったようだが、大学で津田誠一監督に出会った事により、ポイント練習法を身に付けた。これはのちに市民ランナーの間で川内メソッドと呼ばれている。
また、学習院大学史上初の箱根路を走った在学生となり、関東学連選抜として2007年と2009年の2度出場している。いずれも6区を任され、2009年は区間3位の成績だった。さらに2008年にはニューカレドニア国際マラソンでハーフマラソン優勝を果たしている。
初のフルマラソン出場は2009年2月の「別府大分毎日マラソン」で、3月の「東京マラソン」にも出場している。2009年4月埼玉県庁に入庁し、市民ランナーとしての活躍をスタートさせた。

最強市民ランナー、川内優輝選手の主な戦績(1)~2012まで

就職後は12月福岡国際マラソン13位を皮切りに、2010年2月東京マラソン4位、12月2度目の福岡国際マラソン10位の成績だった。2011年2月に東京マラソンで3位に入り、自身初のサブテン記録も達成。9月は「世界陸上大邱大会」に出場、団体戦銀メダルを獲得した。そして10月大阪マラソンは4位、12月福岡国際マラソンでは3位に入り、2度目のサブテンを達成。さらに2週間後の防府読売マラソンにも出場し、2位。フルマラソン初優勝を飾ったのは、2012年4月の「かすみがうらマラソン」だ。
その後、12月防府読売マラソンまでに計5回優勝した。他にも焼津ハーフマラソン、隠岐の島ウルトラマラソンで優勝。2012年は年間9本のフルマラソンと、8本のハーフマラソンなどへ出場した。

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