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パラリンピックの走り幅跳び選手を紹介します。

2017 7/10 10:25華津代
パラリンピック,走り幅跳び
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Photo by sportpoint/Shutterstock.com

ロンドン、リオデジャネイロと共に4000人を超す選手が参加したパラリンピックは、2020年には56年ぶりに東京で開催される。 そこで今回は、パラピンピックのミニ知識と共に、走り幅跳びにおける有名な外国人選手や、注目されている日本人選手の紹介をしていきたい。

知っておきたいパラリンピックのミニ知識

第1回夏季パラリンピックは1960年9月18日?25日にローマで開催された。日本は1964年の東京パラリンピックから参加している。2016年リオデジャネイロパラリンピックでは、160以上の国と地域が参加し、4,350人の選手が多くの競技で競い合った。
パラリンピックでは平等の条件で競えるように、各種目に障がいの種類、状況を考慮した「クラス分け」がある。また、走り幅跳びなど立位で競技する選手は、義足を装着しなくてはいけないため、スポーツ用義足を使いこなす高度なテクニックと強い筋力が重要な要素となる。義足は日々進化しており、現在の主流は、地面を蹴る反発力によりスピードが生まれるカーボンファイバー製である。

パラリンピック連覇!世界王者マルクス・レーム選手

ドイツ生まれのマルクス・レーム選手は、2015年10月、障害者陸上世界選手権で樹立した自身のT44クラスでの世界記録をさらに大きく塗り替える8メートル40という驚異的な記録を出した。そしてリオ・パラリンピックにおいても、ロンドン・パラリンピックに次いで金メダルを獲得している。
「ブレード・ジャンパー」とも呼ばれるマルクス・レーム選手は、8メートルという大台を超えるため、空中での身体の動き、着地時の姿勢などの改善や肉体の鍛錬に取り組んできた。義足を自在に操り驚異的なジャンプを見せてくれるマルクス・レーム選手は、健常者と競い合うオリンピック出場を夢に掲げている。

日本人陸上義足選手では初のメダリスト 山本篤選手

山本篤選手は、スズキ浜松アスリートクラブに所属するT42クラスの陸上競技選手だ。2002年に陸上競技をスタートさせてから、走り幅跳びだけでなく、100mでも日本新を更新している。
2008年の北京パラリンピックにおいて走り幅跳びで銀メダルを獲得し、日本の陸上義足選手として初めてのパラリンピック・メダリストとなった。その後も2013年のIPC世界選手権大会走り幅跳びで金メダル、2014年アジアパラ競技大会では走り幅跳び、100m、4×100mリレーで金メダルを獲得している。
さらに2016年はリオデジャネイロパラリンピックの走り幅跳びで銀メダルを獲得。IPC 陸上競技GPファイナルで6m62の日本記録及びアジア記録を出しており、世界も注目する選手だ。

アジア記録と日本記録を持つ中西麻耶選手

中西麻耶選手は、T44クラスの陸上競技選手で、北京、ロンドン、リオデジャネイロでのパラリンピックに日本代表として出場している。
陸上競技を始めた2007年に、早くも100m、200mで日本記録を打ち立てて注目を集めた。2014年ジャパンパラ陸上競技大会の走り幅跳びで優勝、2015年のIPC陸上世界選手権で入賞している。
さらに、2016年5月に開催された日本パラ陸上競技選手権大会においては、走り幅跳びで5m51cmの記録を出し、自身が持っていた日本記録及び、アジア記録を更新して優勝している。今後の目標は2020年の東京パラリンピックでの金メダル獲得だ。

CMでイチローと共演していた芦田創選手

2016年に放映された「イチローが嫌いだ」で始まるトヨタのCM、「WOW イチローが嫌いだ篇」に出演していた芦田創選手は、2016年に早稲田大学政治経済学部卒業し、トヨタ自動車に所属するT47の陸上競技選手だ。
走り幅跳びをメインに100mリレーや三段跳びを行っており、2013年と2015年のIPC陸上競技世界選手権に出場。リオデジャネイロ・パラリンピックでは4×100mリレーで銅メダルを獲得した。
走り幅跳びでは6m75のT47に於ける日本記録を持ち、今後さらに期待される注目の選手だ。

まとめ

オリンピックでの金も狙えると言われているマルクス・レーム選手をはじめ、どの選手も素晴らしい記録を残している。 2020年東京パラリンピックでの活躍も大いに期待したい。

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