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インターハイの陸上競技で活躍した歴代選手たち・男子砲丸投編

2017 6/13 12:41茶色野うさぎ
陸上
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出典 sportpoint/shutterstock.com

高校生のスポーツの祭典であるインターハイには、いろいろな競技に打ち込む若いアスリートたちがたくさん参加している。 今回は、陸上競技の砲丸投に注目して、これまでに活躍した歴代選手たちを紹介していく。

砲丸投という競技について

砲丸投は規定の重さの砲丸を投げて距離を競う投擲競技の一種だ。重さは一般男子で7.26kg、高校男子で6kg(2006年に5.443kgから変更)となっている。
ルール上、砲丸を肩より後ろに動かすとファウルになるため、首のところで固定して手で押し出すような投げ方になる。投げるフォームは、主流となっているのが後ろ向きから振り向いて押し出すグライド投法で、これは見たことがある方も多いかもしれない。他には回転しながら投げる回転投法も開発され、海外の強豪選手が多く使うようになってきている。
世界記録は1990年にアメリカのランディー・バーンズさんが出した23m12となっている。

1999年のインターハイで優勝、村川洋平選手(太成学院大学高)

1999年の岩手インターハイで優勝したのは村川洋平選手だ。中学時代に中学新記録を更新、全国大会で優勝するなど早くから活躍していた彼は、高3で迎えたインターハイにて最終6投目の大逆転で優勝を飾る。
筑波大学を経て、泉大津アスリートクラブ、スズキ浜松アスリートクラブなどに所属しながら競技を続け、18m越えの日本トップ選手の一人に数えられるようになっていく。2008年には18m43という自己ベストの投擲を披露、日本歴代4位となる好記録を残している。

2000年インターハイ王者、畑瀬聡選手(博多工業高)

2000年の岐阜インターハイの王者となったのが畑瀬聡選手だった。高3で臨んだこの年は、19m57という旧規格における高校新記録を樹立しての優勝だった。この年の10月には日本選手権に出場、日本ジュニア記録を更新して2位に入るなど大活躍を見せた。日本大学に進学すると4年生の時に日本人2人目となる18m越えを達成している。
卒業後は群馬綜合ガードシステムに入社して競技を続け、日本を代表する砲丸投選手として活躍している。日本選手権の優勝回数は9度にのぼり、2015年には18m78という日本新記録を更新する記録での優勝を飾っている。

2001年のインターハイで準優勝・大垣崇選手(北海道恵庭南高)

2001年の熊本インターハイで準優勝したのは大垣崇選手だ。この年は円盤投でも優勝と投擲種目のスペシャリストとして存在感を放った。日本大学進学後も投擲種目で活躍し、日本インカレでは砲丸投、円盤投ともに準優勝という成績を残した。
大学卒業後は高校の非常勤講師をしながら競技を続け、2007年には日本歴代5位となる18m20という記録を残している。日本砲丸投界の中では回転投法の第一人者として有名で、回転投法で18m越えをした数少ない選手の中に数えられている。

2003年のインターハイに出場・山田壮太郎選手(柏原高)

2003年の長崎インターハイに砲丸投とやり投げで出場を果たしたのが山田壮太郎選手だ。この時は残念ながら予選敗退という結果だったが、その後、法政大学に進学して砲丸投げに専念すると、めきめきと力をつけて、2008年の日本インカレで全国制覇を果たす。
その勢いそのままに、2009年には日本選手権に出場して18m47という好記録で初優勝を飾ってしまう。本人も驚くような調子の良さだったが、決してまぐれではなく、その年の9月の国体では18m64という当時の日本新記録をたたき出した。この記録は2015年に更新され、日本歴代2位の記録となってしまったが、素晴らしい記録として名前を残している。

まとめ

インターハイの砲丸投で活躍した歴代選手たちをピックアップして紹介してきた。 世界との差はまだあるが、日本のレベルも確実に上がってきている。 今後は18m越え、19m越えを果たす若者が現れるのか、注目していこう!

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