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インターハイの陸上競技で活躍した歴代選手たち・男子5000mW編

2017 6/13 12:41茶色野うさぎ
陸上
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出典 CHRISTIAN DE ARAUJO/Shutterstock.com

インターハイでは毎年スポーツに打ち込む高校生たちがいろいろな競技でしのぎを削っている。 今回は陸上競技の5000mWに注目して、どんな競技なのか、歴代選手たちの活躍などを紹介していく。

男子5000mWという競技について

5000mWの「W」というのは英語の「Walk」の頭文字で、競歩であることを表す。一般的な競歩のイメージは街中のコースを周回するロードレースだが、5000mWは400mのトラックを周回して行う。オリンピックで見ることができるのは20km、50kmであるため、日本ではあまりなじみがなく、インターハイに採用されたのも2001年からとなっている。
世界的にみると一般的な競技で、チュニジアのハテム・グーラ選手が1997年に出した18分05秒49というタイムが世界記録になっている。競技としては片脚が地面についていること、ひざが伸びていることの2点を判定しながら行い、ルール違反の失格で順位が変わるスリリングな面を持っている。

2005年インターハイ王者、鈴木雄介選手(小松高)

2005年の千葉インターハイを制したのが鈴木雄介選手だった。中学から本格的に競歩を始めた彼は、すぐに頭角を現し、当時の中学最高記録を塗り替えるなど周囲の期待を集める存在となっていく。高校でインターハイを優勝した後は順天堂大学へ進学、世界ジュニア選手権の10000mWで3位入賞など順調に成長を続ける。
富士通に入社後は日本代表として世界陸上、ロンドンオリンピック出場など経験を積み、2015年には20kmWで1時間16分36秒という世界新記録を樹立、競歩の歴史に名前を刻んでいる。2016年は股関節のケガの影響で競技ができなかったが、復活が期待される選手だ。

2010年のインターハイで優勝・西塔拓己選手(広島商業高)

2010年の沖縄インターハイで優勝したのが西塔拓己(さいとう たくみ)選手だ。彼はもともとは長距離走の選手だったが、高校入学後に周囲のアドバイスで競歩に転向する。しかし、陸上部の中で競歩選手は一人だったこともあり、一人で練習することが多かったので、インターハイでは単独でペースを作り勝ち切ることができた。
東洋大学に進学後は日本ジュニア記録を何度も更新するなど活躍し、ロンドンオリンピックの代表に選ばれている。リオオリンピックの代表の座は惜しくも逃がしたが、今後の活躍が期待される選手の一人だ。

2013年のインターハイで雪辱を果たした松永大介選手(横浜高)

2013年の佐賀インターハイで優勝して前年の雪辱を果たしたのが松永大介選手だった。実は前年の2012年の新潟インターハイではレース中に靴が脱げるというアクシデントがあり、1位でゴールしながらも失格を告げられるという苦い経験をしていた。
こうした経験は彼をより強くし、東洋大学に進学後は世界ジュニア選手権で優勝、全日本競歩能美大会で優勝と大活躍を見せ、2016年にはリオオリンピックの代表にも選ばれている。2017年に富士通に入社した彼の今後の活躍に注目だ。

インターハイ予選で失格した実力者、山崎勇喜選手(富山商業高)

番外編として紹介したいのが山崎勇喜選手だ。彼は2001年から2002年にかけて高校生としては圧倒的な強さを見せていた。高2で19分35秒79という高校新記録、日本ジュニア新記録を更新する驚異的な記録を打ち立てる。優勝候補の筆頭だったが、北信越大会で失格となり、インターハイのタイトルからは無縁の存在だった。このあたりは競歩という競技の持つ難しさを表している。
なかなかタイトルからは遠い選手ではあるが、実力は折り紙付きで、北京・ロンドンオリンピック代表などを経験、2009年に出場した50kmWでは3時間40分12秒というタイムをたたき出し、日本記録を更新している。

まとめ

2001年からインターハイで採用された5000mWという競技に注目して、歴代選手たちを紹介してみた。 陸上競技の中でも判定が厳しく、いきなり失格になるなどドラマが多いのが競歩という競技だ。 スリリングな展開を期待しながら応援していこう!

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