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「山の神」柏原引退で再び沸き起こる「箱根=悪」論 柏原は箱根の犠牲者なのか(1)

2017 4/11 13:52きょういち
駅伝
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出典 O n E studio/www.shutterstock.com

 2017年度も始まったばかりの4月、スポーツファンの中では「箱根駅伝」のあり方について、議論が巻き起こっています。

 そのきっかけとなったのは、4月3日のニュースでした。東洋大学時代に箱根駅伝の山上りの5区で4年連続区間賞を獲得して3度の総合優勝に貢献、22代目「山の神」として人気を博した柏原竜二が引退を発表。大学卒業後は実業団の強豪富士通に進んでいた柏原は、まだ27歳という若さでした。

治らなかったケガと箱根の距離の因果関係

 引退の理由については、富士通から発表された全文をご覧いただければと思います。(http://f-trackfield.cocolog-nifty.com/blog/2017/04/post-6808.html )

 この中で気になる言葉がいくつかあります。

 「昨シーズン(2016年度)に度重なる怪我・故障をしてしまい、この発表をしている今でも完治しておらず復帰の目処がたたない」

 「以前アキレス腱を長期間痛めた時に『もう一度大きな怪我をしたら競技人生に区切りをつける』と自分の中で決めていた」

 「学生時代は人と接するのが怖くて部屋に籠って悩んだ時もありました」

 けがについては、箱根駅伝との因果関係はなんともいえませんが、本来ならば短い距離でスピードを磨く大学生という時期に、20キロ以上の距離、それも高低差860メートルを走るというのは過度の負担があったと想像はできます。そこが、「箱根駅伝=悪」を語る人の論点の一つであり、間違っているとは言えないと思います。これは従来からある、箱根の1区間約20キロという距離を問題視する声と重なり合います。

箱根が生み出す過度の注目

 「箱根駅伝=悪」を語る際に、もう一つ言われるのが、その人気の高さ故に引き起こされる「勘違い」です。実力以上に大きくマスコミに取り上げられるために燃え尽きてしまったり、社会人になったときに力のギャップを感じたりするというものです。

 その意味においては、「学生時代は人と接するのが怖くて」という柏原の言葉は考えさせられます。勘違いはしなかったかもしれませんが、周りから常に注目される存在になるのが嫌だったのかもしれません。確かに大学生時代の彼は、マスコミから逃げるようにすることも多く、なかなか取材を受けようとしませんでした。選手たちに過度の期待や不安を抱かせるのは、箱根の存在が問題というよりも、箱根を持ち上げるメディアの存在自体が問題かもしれません。

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