治らなかったケガと箱根の距離の因果関係
引退の理由については、富士通から発表された全文をご覧いただければと思います。(http://f-trackfield.cocolog-nifty.com/blog/2017/04/post-6808.html
)
この中で気になる言葉がいくつかあります。
「昨シーズン(2016年度)に度重なる怪我・故障をしてしまい、この発表をしている今でも完治しておらず復帰の目処がたたない」
「以前アキレス腱を長期間痛めた時に『もう一度大きな怪我をしたら競技人生に区切りをつける』と自分の中で決めていた」
「学生時代は人と接するのが怖くて部屋に籠って悩んだ時もありました」
けがについては、箱根駅伝との因果関係はなんともいえませんが、本来ならば短い距離でスピードを磨く大学生という時期に、20キロ以上の距離、それも高低差860メートルを走るというのは過度の負担があったと想像はできます。そこが、「箱根駅伝=悪」を語る人の論点の一つであり、間違っているとは言えないと思います。これは従来からある、箱根の1区間約20キロという距離を問題視する声と重なり合います。
箱根が生み出す過度の注目
「箱根駅伝=悪」を語る際に、もう一つ言われるのが、その人気の高さ故に引き起こされる「勘違い」です。実力以上に大きくマスコミに取り上げられるために燃え尽きてしまったり、社会人になったときに力のギャップを感じたりするというものです。
その意味においては、「学生時代は人と接するのが怖くて」という柏原の言葉は考えさせられます。勘違いはしなかったかもしれませんが、周りから常に注目される存在になるのが嫌だったのかもしれません。確かに大学生時代の彼は、マスコミから逃げるようにすることも多く、なかなか取材を受けようとしませんでした。選手たちに過度の期待や不安を抱かせるのは、箱根の存在が問題というよりも、箱根を持ち上げるメディアの存在自体が問題かもしれません。
五輪代表者の多さと箱根の因果関係
柏原の話とは少し離れますが、箱根駅伝が日本のマラソンのためになっている、と説く(特に主催者のマスコミ)時に持ち出されるのが、五輪代表の中における箱根駅伝経験者の多さです。
箱根の人気が高まった2000年以降の五輪の男子マラソン代表一覧が以下の通りです。(※は箱根経験者)
シドニー五輪 アテネ五輪 北京五輪 ロンドン五輪 リオデジャネイロ五輪
佐藤信之(※) 油谷繁 尾方剛(※) 中本健太郎(※) 石川末広(※)
川島伸次(※) 諏訪利成(※) 佐藤敦(※) 藤原新(※) 佐々木悟(※)
犬伏孝行 国近友昭 大崎悟史(※) 山本亮(※) 北島寿典(※)
15人の代表のうち、箱根を経験していないのは、わずかに3人。2008年北京五輪以降は、全員が箱根経験者です。
箱根が強化に役立っているという人は、この箱根経験者の割合を引き合いに出します。「箱根から世界へ」と中継局の日テレもよく言いますが、この言い方は見ている人を勘違いさせます。
以前にも書きましたが、箱根の人気が高まり、高校3年の長距離ランキングの50~100位ぐらいの選手が毎年、箱根に出場できる関東の大学に進学します。長距離は短距離よりも「後天性」とも言える努力が実を結ぶ競技ですが、とはいえ、「先天性」である素質の部分も大きいです。
つまりは、五輪に行けるような素材を持った選手は、ほとんどが関東の大学に進む=箱根駅伝に出場するという図式になっています。これでは、箱根駅伝が強化として実っているのかどうかわかりません。素質のある子どもたちを集める組織になっているというだけかもしれません。
箱根と高校野球は違う
よく、箱根駅伝と高校野球が比較されます。高校野球も甲子園で活躍したヒーローが実力以上に持ち上げられるという点では似ています。
しかし、実際にプロに進む選手はと言えば、甲子園に出ていない選手が多数を占めます。これが「甲子園=悪」を語る時の論点の一つです。甲子園が選手をつぶしていると言うのです。
甲子園でつぶれる選手もいるかもしれませんが、少し論点がずれているような気がします。箱根と違い、高校野球は裾野が広く、いろんな学校に有力選手がいます。無名の学校にもいます。箱根のように「この学校にいけば、確実に箱根に出場できる」という学校は高校野球にはないのです。
では、箱根=悪という論理がすんなり成り立つとは、柏原の事例を見ても思いません。もちろん、柏原の早すぎる引退には箱根にも要因があるとは思います。ただ、箱根に原因を押しつけるのは、本質を見誤るのではないでしょうか。(続く)