箱根駅伝の「特異点」
新春の風物詩、東京箱根間往復大学駅伝競走。学生長距離界の最高峰とされるこの舞台において、勝負の行方を決定づける最大の難所が存在する。それが往路の最終区間、第5区だ。
平地でのスピードレース化が進む現代の駅伝においてなお、この「山上り」だけは異質の輝きを放っている。なぜなら、全10区間の中で、この区間ほど勝敗に対し「絶対的」かつ「不可逆的」な影響を与える場所は他にないからだ。
ここは単なる一区間ではない。物理的、生理的、そして精神的に、平地とは全く異なる次元の負荷を選手に強いる特異点と言えるだろう。なぜ5区はこれほどまでに過酷で、ドラマチックなのか。箱根の山が牙をむくその理由を紐解いてみる。
標高差800メートル超、「重力」という名の敵
まず我々が直視しなければならないのは、圧倒的な「高さ」の壁だ。
小田原中継所を飛び出した選手たちは、箱根の玄関口である箱根湯本駅を過ぎると、そこから本格的な登坂に挑むことになる。目指すは国道1号線の最高地点、標高874メートル。その標高差はおよそ800メートル以上に及ぶ。
これだけの高さを、自らの足だけで駆け上がる過酷さ。物理的に見ても、これは単なるランニングではない。選手の身体を800メートルの高さまで持ち上げるために膨大な位置エネルギーが必要となる。平地を走る際のエネルギーとは別次元の代謝コストが要求されるのだ。
一歩進むたびに、選手を引き戻そうとする重力に抗わなくてはならない。この重力との戦いが、5区の過酷さの根源にある。
16km地点に潜む「魔物」
「山上り」という言葉の響きから、ひたすら坂を登り続けるイメージを持つ人も多いかもしれない。しかし、この区間の本当の恐ろしさは、その二面性にある。
コースは確かに一気に山を駆け上がる構成になっているが、実は16km付近を境に、その表情を劇的に変えるのだ。それまでの急勾配から一転、ゴールである芦ノ湖に向けて下り坂が続くのである。
この「16km地点」こそが、選手を苦しめる最大のポイントと言えるかもしれない。なぜなら、ここで身体の使い方が強制的に切り替わるからだ。
登りの区間では、大殿筋やハムストリングス、ふくらはぎといった筋肉が、身体を持ち上げるために酷使される。心拍数は跳ね上がり、呼吸は荒くなり、乳酸が蓄積されていく。心肺機能への負荷は計り知れない。
ところが、16kmを過ぎて下りに入ると、今度は着地の衝撃に耐えるため、太ももの前側にある大腿四頭筋が悲鳴を上げ始める。登りで限界まで追い込まれた状態で、今度は下りのスピードによる衝撃を受け止めなければならないのだ。
この筋肉と神経系の切り替え、いわゆる「スイッチング」がいかに困難であるか。上りを制するだけでは勝てない。疲労困憊の状態でもなお、下りの衝撃に耐え、正確なバイクコントロールで芦ノ湖まで走り抜ける。そんな高度な適応能力がなければ、この山は攻略できないのである。
激変する気象、忍び寄る「汗冷え」の恐怖
山が過酷なのは、地形だけが理由ではない。そこには特有の気象条件、いわゆるマイクロクライメイト(微気候)が存在する。
標高が100メートル上がれば、気温はおよそ0.6度下がると言われている。スタート地点の小田原では穏やかな陽気であっても、標高874メートルの最高地点付近では、まるで冬山のような厳しさが待ち受けていることも珍しくない。
5区は、全区間の中で気温の変化が最も大きい区間の一つと言えるだろう。ここで選手を襲うのが「汗冷え」のリスクだ。前半の登り坂、選手たちは強度の高い運動により大量の汗をかく。ウェアは湿り、身体は熱を帯びる。
しかし、ひとたび下り坂に入ると状況は一変する。運動強度が相対的に下がり、身体が発する熱が減る一方で、スピードに乗って風を切るため、体感温度は急激に低下していく。このとき、濡れたウェアが容赦なく体温を奪っていくのだ。
これが筋肉の動きを鈍らせ、判断力を低下させ、最悪の場合は低体温症を引き起こす要因ともなる。熱さと寒さが同居する環境下で、アームウォーマーの調整や水分補給を誤れば、命取りになりかねない。自然環境そのものが、選手たちに牙を剥くのである。
歴史の証人と「神」の重圧
物理的な厳しさだけではない。5区には、目に見えない重圧も渦巻いている。かつてコースの一部であった「函嶺洞門」。老朽化などに伴い2014年にコースはバイパスへと変更されたが、今もその姿は重要文化財として残されている。
選手たちは、数々のドラマを見届けてきたこの歴史の証人を背にし、新たな歴史を刻むためにバイパスの急勾配へと挑んでいく。新旧の対比が、この舞台の厳粛さを際立たせているようだ。
そして何より、この区間には「山の神」という特別な称号が存在する。
他を圧倒するパフォーマンスを見せた者だけに与えられるこの名は、畏敬の念の表れであり、同時に後続のランナーたちにとっての巨大な壁でもある。「3代目山の神」と呼ばれた神野大地のように、驚異的な走りでチーム順位を劇的に押し上げる選手が現れると、それは伝説となり、語り継がれる。
現役の学生たちは、目の前のライバルだけでなく、過去の偉大な記録や記憶とも戦わなければならない。「神超え」を期待されるプレッシャーは、並大抵のものではないだろう。その重圧を跳ね除け、苦しい局面でさえ笑みを浮かべるような強靭なメンタリティを持つ者だけが、新たな「神」として君臨できるのかもしれない。
今年もドラマが待っている
5区の結果は、往路優勝だけでなく、翌日の復路、ひいては総合優勝の行方をも左右する。ここで快走できれば、チームには大きな「貯金」が生まれ、復路の選手たちに勇気を与える。逆に、ここで失速すれば、シード権争いから脱落するリスクすら孕んでいる。
たった一人の走りが、チームの1年間の運命を決めてしまう。大きな責任を背負い、孤独な山道を駆け上がる選手たち。標高差、コース変化、気象条件、そして歴史の重み。これら全ての要素が複雑に絡み合い、5区という舞台を形成している。
「天下の険」は、今も昔も変わらず、ランナーたちに極限の試練を与え続けているのだ。だからこそ、この山を制した者の姿に、私たちは心を揺さぶられるのだろう。
今年もまた、芦ノ湖のゴールにどんなドラマが待っているのか。過酷な道のりの果てに見える景色を、固唾を呑んで見守りたい。