日本での最高記録をマークしたケニア人
2月に行われた東京マラソンで、ケニアのウィルソン・キプサングが日本のマラソンの国内最高記録を塗り替えました。優勝タイムは2時間3分58秒。それまでの国内最高記録は2009年福岡国際マラソンでツェガエ・ケベデ(エチオピア)がマークした2時間5分18秒でしたから、大幅な記録更新です。
圧倒的な力を見せたキプサングですが、彼は何者なのでしょうか。
2月に行われた東京マラソンで、ケニアのウィルソン・キプサングが日本のマラソンの国内最高記録を塗り替えました。優勝タイムは2時間3分58秒。それまでの国内最高記録は2009年福岡国際マラソンでツェガエ・ケベデ(エチオピア)がマークした2時間5分18秒でしたから、大幅な記録更新です。
圧倒的な力を見せたキプサングですが、彼は何者なのでしょうか。
ケニアには長距離に適した部族がいくつかありますが、だいたい四つの部族がメジャーだと言われています。
2008年北京五輪男子マラソンでケニア初の金メダルを獲得したサムエル・ワンジルはキクユ族出身。日本の実業団や高校、大学などに来ているケニア人はキクユ族が多いのですが、世界のマラソン界を見渡すと、活躍しているケニア人はカレンジン族が多いです。カレンジン族は遊牧民族だと言います。
ケニアの高地トレーニングのメッカ、イテンやエルドレッドで練習をしているのが多いカレンジン族ですが、キプサングもまさにカレンジン族。筆者が2012年に会ったときも、イテンで練習をしていました。
▲2010年、ケニアの高地トレーニングのメッカ『イテン』で練習していたキプサング(中央)
直前に世界歴代2位の記録をマークし、注目を浴びていた時でした。
キプサングは34歳(3月15日生まれなので、まもなく35歳)。21歳で本格的に走り始めたという遅咲きのランナーです。
多くのケニア人ランナーがそうであったように、なぜ走り始めたのかという問いに対しての答えは明確でした。
「金のため」
ただ、こう言い訳っぽく言っていました。
「練習は体のためだった。太りやすかったから。ただ、いいタイムで走れば、自動的にお金が入る」
だからこそ、マラソンのついての考え方を問うとこう返ってきました。
「生きるか死ぬか」
もともとは地方大会レベルの選手だったと言いますが、仲間から「能力がある」と言われ、「キャンプ」に参加して、頭角を現しました。「キャンプ」とは、有名選手や企業が主催し、たくさんの選手で練習するチームのようなことを言います。
キプサングがマラソンに転向したのは2010年。やはり理由はこうでした。
「トラック種目は金にならない」
やっぱり、お金というニンジンが彼の前にはあったようです。そして、マラソンに転向するとその才能を一気に開花させました。
2度目のマラソンとなったフランクフルト・マラソンで2時間4分台で初優勝。3度目のマラソンとなったびわ湖毎日マラソンでも2時間6分台の記録で優勝しました。
2012年4月のロンドン・マラソンでも優勝し、同年夏のロンドン五輪では銅メダルを獲得しました。
2013年のベルリン・マラソンでは、当時の世界記録となる2時間3分23秒をマーク。ついに世界の頂点に立ちました。これまでマラソン16戦9勝。速い上に、負けないというのが彼の特長でした。
身長180センチを超える大型ランナーでストライドがある上に、ピッチも速い。その走りには、美しささえあります。
ケニアで多くのアフリカ選手を指導し、キプサングのコーチでもあるイタリア人のレナト・カノヴァはキプサングについてこう言っていました。
「世界で一番エレガントなランナーだ」
▲キプサングとコーチのカノヴァ
その言葉通り、美しいフォームで、キプサングは世界のトップとして走り続けます。
今年の東京マラソンのタイムは、自身4度目となる2時間3分台でした。抜群の安定感を見せています。
自己ベストの2時間3分13秒は世界歴代4位です。
2010年の時、「2時間3分台で走る練習をしている」と語っていましたが、その言葉は噓ではありませんでした。
これだけ好記録で走れば、目的だったお金も稼げたはず。もう、満足して走るのを辞めてもいいはずですが、彼はこう語っていました。
「お金を持っていると、いろんな人がきて、それにのまれると変わる。でも、私は簡単に変わる人間ではない」
確かにキプサングは、今も貪欲なのかもしれません。