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見るものの心を揺さぶる走りを見せる男 川内優輝

2016 12/12 11:38きょういち
マラソン
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出典 http://www.sankei.com


 いつも、記者泣かせかの早口でまくし立て、強気なコメントでならすこの男の目から涙がこぼれるとは思っていなかった。12月4日に行われた福岡国際マラソン。2時間9分11秒のタイムで日本人トップの3位になり、来年のロンドン世界陸上代表に名乗りを上げた川内はゴール後、人目もはばからずに泣いていた。自己ベストよりも、1分近く遅い。でも、彼は泣かずにはいられなかった。

「出て後悔した方がいい」

 川内が涙を流す理由がある。レースの約1カ月前、彼は右ふくらはぎを痛めた。家族から欠場をすすめられたが、受け入れなかった。招待されたレースには必ず出るという律義さが、川内のスタンスである。かつて、取材したときに、こう話してくれたことを思い出す。

 「出ないで後悔するよりも、出て後悔した方がいい」

 万全ではなくても、彼は出場を決めた。来年の世界陸上が日の丸をつけて走る最後のレースにすると決めていた。福岡はその選考会であるにもかかわらず、強行出場を決断した。そして、福岡の2日前には左足首をひねった。満身創痍。 さらに、福岡ではレース前日に必ず訪れていたカレー屋がなくなっていた。
「さすがの川内も今回は期待できない」それが関係者の声だった。

日の丸をつけるだけでは意味がない

 そんな予想を裏に、川内は先頭集団を走り続けた。雨が降り、湿度は90%近くにもなった。体感温度は下がった。悪条件が重なり、ペースメーカーが予定より遅く走った。手負いの川内には好都合だったかもしれない。ただ、彼の好走はそれだけがもたらしたものではない。

 25キロ手前、川内はスパートを仕掛け、一時はトップに立った。1980年代、瀬古利彦、宗兄弟、中山竹通ら、日本が世界最強と言われた時代、レースの主導権はこの川内のように日本勢が握り続けた。その頃を知るファンにとっては、最近の日本勢の消極的なレースは正直、歯がゆい。外国勢が先に仕掛け、日本選手はなにもできないままに後退する。

 男女の違いはあるが、2004年アテネ五輪女子マラソン金メダリストの野口みずきは、女子でも消極的なレースが目立つ日本勢について聞くと、こう語ってくれた。

 「世界で勝つためには、自ら仕掛ける積極性がないとダメ」

 事実、野口はロングスパートで頂点に輝いた。2000年シドニー五輪ではQちゃんこと高橋尚子がやはり、切れ味鋭いスパートで栄冠を手に入れた。

 川内の視点は福岡で勝つことだけではない。彼がよく言う言葉がある。

 「日の丸をつけるだけでは意味がない。日の丸をつけて世界と戦いに行くんです」

 そう、彼は常に世界を意識してやってきた。世界と戦うためには、自ら仕掛ける。かつての名ランナーがそうしてきた姿を、川内は体現した。

 結局、優勝はできず、3位に終わった。でも、ケガをおしてでもスパートして勝ちにいく、彼の「魂の走り」は、見るものの心を揺さぶった。テレビで解説をしていた瀬古は「これがマラソンです」と絶賛した。ツイッターには「感動した」という言葉があふれた。そして、川内はゴールし、涙が止まらなかった。

マラソン界の常識は川内の非常識

 川内という存在は、現在の日本長距離界に対するアンチテーゼのようなものである。

 今の日本の長距離界は、高校で活躍した選手が、関東の強豪大学に進み、箱根を走る。そして、エリートは実業団に進み、やはり、駅伝を走る。ケガを負いやすく、1年に1、2度しか走れないマラソンはリスクが高いから、最近は敬遠されている。

 川内は高校時代、インターハイに出られなかった。「エリート路線から外れた」と思った。でも、大学でも続け、実業団に入らなくても市民ランナーと練習してはい上がった。

 「強豪校じゃなきゃだめ、というのは才能の芽を摘んでいる。僕を見て、ああいう生き方もあるんだと思ってもらいたい」

 埼玉県の公務員。平日は仕事のため、練習があまりできない。レースが練習代わり。マラソンは1年に1、2度という「常識」は通用しない。福岡が64度目のフルマラソンだった。かつて、こう語っていた。

 「常識外れと言われたけど、周りが勝手に常識で限界を決めているだけ」  練習も型破り。練習の最後の彼が自らを追い込む姿は、目を見張る。実業団選手なら仲間と一緒に追い込めるが、彼は1人で自分自身と戦う。時には山を登る。今回の福岡に向けては、100キロ走もした。かつて、瀬古や宗兄弟がした練習を本で知り、実践した。ケガを恐れ、練習量をこなさない今のエリートとは違う。川内は常に考え、行動に移す。それが川内流である。

奇跡がおきた

 

 福岡で涙した後の会見で、川内は言った。

 「奇跡がおこったというしかない」

 状況からすれば奇跡かもしれない。でも、常に考え、闘争心を忘れない「魂の走り」があったからこそ、その奇跡を呼び込むことができたのだ。

 レースに行けば、川内の人気は絶大だ。すぐにファンに囲まれる。なぜ彼が人気なのか。それを分からせてくれた第70回福岡国際マラソンの川内の走りだった。

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