戦いはレースの2日前に始まった
いやはや、この人らしいなと思った。大学駅伝日本一を決める全日本大学駅伝を2日後に控えた11月4日の監督会見。キャッチーなコメントでマスコミ受けのよい青山学院大学の原晋監督が、またもやぶち上げた。
「エビフライ大作戦」
全日本のスタート地点である名古屋の名物エビフライに引っかけ、「どこを切ってもおいしくいける」ということを言ったのだ。もう、作戦というより、どの区間の選手もいい力を持っている、という自信の表れと言っていい。そして、大学駅伝ファンはその言葉をこの大会で実感していくことになる。
大本命は泰然自若としていた
全日本大学駅伝は8区間、106.8キロで争われる。これまでも何度も言ってきたが、このコースは比較的平坦なため、終盤にドラマ、つまりは逆転劇が生まれにくい。先行逃げ切りが必勝パターンのコースである。青山学院大学のライバル校は、この定石にあわせて区間配置をしてきた。
全日本は区間エントリーを2度できる。まず、最初に8区間の選手と補欠をエントリーし、大会前日に最大3人までを入れ替えることができる。前年優勝の東洋大学は、最初のエントリーで服部弾馬と櫻岡駿を補欠にした。これは他校、特に優勝候補筆頭の青山学院大学の動向を見て、エースの区間を決めるという戦略である。
青山学院大学の最初のエントリーはエースの一色恭志をアンカーにした。その代わりに準エースの下田裕太を1区、駅伝に強い田村和希を2区に配置した。前半リードも狙えるが、もしだめでも最後はエースがどうにかしてくれるという二段構えである。それに対し、東洋大学は前半リードする形を選択した。1区に服部、2区に櫻岡。ある意味、定石通りである。
青山学院大学、東洋大学と並んで3強と言われた駒沢大学も1、2区を入れ替え、力のある選手を加えた。ただ、これはもともと1区にエントリーしていたエースの中谷圭佑を外すというものでもあった。故障上がりのエースを起用できないというのは、駒沢大学にとって大きな痛手だった。
各校の最終エントリーでの入れ替え数を見ると、東洋大学が3人、駒沢大学、早稲田大学、東海大学が2人。ライバル校が最後まで策を弄したのに対し、青山学院大学は最初のエントリーから入れ替えをしなかった。大本命はどっしり構える――。そんな余裕が青山学院大学に漂っていた。極上のエビフライは作り直さなくていいのである。
策略が外れるレース展開に
だが、思い通りにいかないのがスポーツの世界である。1区(14.6キロ)で青山学院大学の下田はトップと30秒差の8位に沈んだ。逆に策が当たったのはライバルの東洋大学。服部が区間賞で他を突き放した。東洋大学の酒井俊幸監督にすれば、指揮官冥利に尽きるスタートだったろう。しかしながら、次の2区(13.2キロ)で2人の指揮官の立場は入れ替わる。
青山学院大学は「外さない男」田村が区間賞の走りで、一気にトップに躍り出た。田村は10月の出雲駅伝に続く区間賞獲得。1区のブレーキは予想外だったが、それを2区で帳消しにし、トップで3区(9.5キロ)にたすきをつないだ。かたや、東洋大学の酒井監督は頭を抱えることになる。
服部と並ぶ2枚看板の1人櫻岡が2区でブレーキ。予定より2分遅い、区間11位のタイムで6位に順位を落としてしまう。選手層から考えて、先行逃げ切りしかできない東洋大学は、この時点で連覇の夢が途切れた。
波に乗れない青学、間隙を縫って現れたのは……
3区に先頭でつないだ青山学院大学。3区で2位に後退するも、4区(14.0キロ)を走るのは主将の安藤悠哉。出雲では区間新の走りで逆転優勝に導いたランナーであるトップとは14秒の差はあっても、誰もが安藤がトップに立つと思っていただろう。でも、やっぱりスポーツは思い通りにいかないものなのである。
安藤は伸びなかった。力からすればブレーキと言っていい。区間5位の走りで順位は2位へと後退する。それもトップとは1分7秒の差が開いてしまった。
原監督のプランは「4区で先頭に立つ」だった。それはもろくも崩れ去った。そして何より、予定外のブレーキが2人も出てしまったことが大きい。通常、1度のブレーキならなんとか取り返せるが、2度となるとなかなかそうはいかない。それも残りは4区間。つまり、全日本初優勝の夢は遠くなったということである。
優勝の大本命がもたつき、レースは予想外の展開となった。そして4区でトップに立ったのも予想外のチームだった。レース前は優勝候補に挙がらなかった名門。エンジに「W」の文字。早稲田大学だった。
「青学はやはり“エビフライ”だった」~2016年全日本大学駅伝②~へ続く
(きょういち)