「スポーツ × AI × データ解析でスポーツの観方を変える」

箱根駅伝が長い間国民に愛され続ける理由とは?

2016 10/12 03:34
駅伝 箱根
このエントリーをはてなブックマークに追加

Photo by mezzotint / Shutterstock.com

お正月の風物詩として挙げられる箱根駅伝はなぜ長い間国民に愛されているのだろうか。 今回は箱根駅伝の歴史や人気の秘密にせまる。

箱根駅伝とは

東京箱根間往復大学駅伝競争は一般的に箱根駅伝と呼ばれている。注目度の高い大会で、正月の名物になっている。関東学連加盟大学の中で、前年大会でシード権を獲得した10校そして予選会を通過した10校に加え関東学生連合、合計21チームが出場する。
東京の読売新聞社前から始まって箱根の芦ノ湖間を往路は5区間で107.5Km、そして復路は5区間で109.6Km、合計10区間の217.1Kmを競技する。学生長距離界で、最大の駅伝競走だ。

箱根駅伝の歴史

今から約90年前、1920年に箱根駅伝が誕生させたのは3人の男性だった。マラソン代表として、1912年に行われたストックホルムオリンピックに出場し、マラソンの父と呼ばれた金栗四三、札幌?東京間を22日で走ったという明治大学の沢田英一、そしてもう一人十種競技代表として、1924年に行われたパリオリンピックに出場した野口源三郎。この3人が汽車に乗り合わせ、長距離走への熱い思いを語った会話が「箱根駅伝」創設の発端となったそうだ。
1920年2月14日スタート地点で金栗四三が見守る中、早稲田大学、慶応大学、明治大学、現筑波大学の東京高等師範学校の4校が参加し箱根駅伝スタートした。

箱根駅伝の魅力

全国ネットでテレビ中継がスタートしたのは、第63回の箱根駅伝からだ。視聴率は25%ほどになり、高い人気を維持し続けている。
ファンが沿道にずらっと並び応援している姿はテレビでもよく見かける。お正月に開催されるというのも箱根駅伝の魅力の一つではないだろうか。駅伝は、チームのメンバーが一丸となって戦う競技だ。メンバーに選ばれなかった選手も全力で出場メンバーを支える。そこに卒業生の思い、ご両親の思いを、タスキに託して走る姿に心打たれるのではないだろうか。このタスキにもルールがあり、交通規制のため、トップとの差が一定以上ついてしまった場合は、繰り上げスタートとなりタスキを繋ぐ事ができない。チームのメンバーとしても非常に辛いだろうし、泣き崩れる姿を目にし、応援している私達もいたたまれない気持ちになる。
辛いルールもあり、ドラマが生まれ私達の心を魅了しているのだろう。

人気の理由は距離にもあった

箱根駅伝の魅力はその距離にもあった。217.1kmを10人で走るので、20km程の距離を走る事になる。一人の競技ではないので、タスキを繋げられないと他のメンバーにも迷惑をかける事になる。スピードの調整や、本番までの体調管理などがとても重要になる。タスキが途切れるような不名誉な事にならないよう必死になっている選手の一生懸命な姿に心を打たれる。
どの選手も、この日のために、目標を定め生活を送ってきている、その苦労を知れば知るほど箱根駅伝の魅力は更なるものとなり、長年愛され続けてきたのではないだろうか。

まとめ

予期せぬアクシデントやドラマがあり、毎年私達を楽しませてくれている箱根駅伝。これからも楽しみだ。

関連記事

おすすめの記事