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箱根駅伝常連校となった国学院大学駅伝の知られざる歴史

2016 10/4 00:52
駅伝
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【2009年の国学院大学】チームが変わる名将が就任

2009年に監督の座についたのが、前田康弘監督。2000年、駒澤大学が箱根駅伝完全優勝を達成した時の主将だった人物だ。青年監督に導かれ、チームには少しずつ変化が生まれていく。「指示に従うだけでなく、選手自ら考えながら走る」スタンスを植え付けていった。
また、自らの母校である駒澤大学と1週間に及ぶ野尻湖での合同合宿も実施。明確な差はあったにせよ、その差に愕然とするだけではなく、「打倒駒澤!」を選手たちに意識させることで、選手個々のメンタル強化を図ることにも成功した。合同合宿は2年連続で実施され、「上位陣は全くかなわないわけではない」と実力面でも確かな積み上げがあったことを証明してみせたのだ。これ以降、チームは上昇気流を生み、実力をアップさせていく。

【2015年の国学院大学】箱根駅伝予選会を突破できなかった落胆

前田監督就任から2年後の2011年。ついに箱根路に帰ってきた国学院大学。ここから5年連続で本戦出場を成し遂げる。この経験が、チームとしての「成熟」とある種の「勝負強さ」を作り上げたという手応えはあったはず。2015年も予選会からのスタートとなったが、「国学院は予選会を突破できる」という前向きな他者評価もあった。
唯一の不安材料は、チームを引っ張る成績を叩き出していた蜂須賀源(はちすか げん)の怪我による欠場。当時3年生の細森大輔が全体の28位という好成績を収めたが、残りのメンバーが上位でゴールできず、総合13位に沈み本戦出場を逃してしまう。吾妻佑起ほか3人の4年生にとってはラストチャンスだったが、箱根路を走ることができぬまま卒業を迎える形となった。

【おわりに】駅伝チームの展望

2016年、前年に逃した箱根駅伝出場を果たす。総合成績16位と上位ではないが、予選を勝ち抜き、出場を果たせたということがまず肝要なのである。国学院大学の2枚看板となったのは、ともに4年生となった蜂須賀源と細森大輔。いずれも2年前の箱根駅伝経験者だ。蜂須賀は1年生の頃も箱根路を走っており、今季は主将としてチームを引っ張る役割を担っている。
細森は蜂須賀不在だった昨年の予選会で良い走りを見せて、関東学連選抜に選出された。1区を任された全日本大学駅伝では国学院新記録を樹立、11月の記録会では10000mの自己ベストを30秒以上更新するなど、いい流れを掴んでいる選手だ。予選会を突破するために必要なのはやはり「総合力」。残りメンバーの走力を引き上げるために、この2人が前に出て引っ張るチームに仕上げていく。

まとめ

今日までの10年が、陸上競技部の歴史を大きく動かしていると言えるかもしれない。昨年からはスタッフに管理栄養士も加入し、栄養面からのサポートも始まった。コンディションも含めた強化が進んでいる。これからが楽しみだ。

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