「スポーツ × AI × データ解析でスポーツの観方を変える」

箱根駅伝最大優勝回数を誇る日本体育大学駅伝の歴史

2016 10/4 00:52
駅伝
このエントリーをはてなブックマークに追加

Photo by Daniel Korzeniewski/Shutterstock.com

超名門と名高い日本体育大学駅伝部の輝かしい歴史はどのようにして生まれたのだろうか。 本記事では歴史や現在のチーム状況を紹介したいと思う。

日本体育大学駅伝部の歴史

学友会日本体育大学陸上競技部駅伝部門は、1925年(大正4年)に創部された。男子駅伝部は、全国大学において最多となる計23回という大会総合優勝を誇る。学生三大駅伝と呼ばれている出雲大会・全日本駅伝・箱根駅伝の各駅伝大会では、日体大は駒澤大学と同様に全国大学最多タイとなる計21回の優勝に輝いている。
全日本大学駅伝(11回優勝)では68回の区間賞獲得記録を保持し、未だかつてその記録を超える大学は存在しない。1月の2日・3日両日で行われる最も知名度の高い大会箱根駅伝では、65年間という長い年月の中で連続65回出場(2013年時点)を果たしている全国有数の超名門校だ。

伝統の日体大ユニフォーム

駅伝男子ユニフォームは、白色のランニングシャツに、日体ブルーと言われるチームカラーのスカイブルーが横じまラインをかたどっており、「日本体育大学」の文字が記入されている。短パンには青色と鮮やかなオレンジの縦2本ラインとその右側には縦書きで「日体大」のロゴがある。襷は白色で可愛らしくもりりしい「花桜のシンボルマーク」と日本体育大学の青文字刺繍が施されている。
以前に1度だけデザインが変更になり花桜のユニフォームというものが着用されていたが、現在は再び当初のものに戻っている。

現在の駅伝部は

渡辺正昭駅伝監督が率いる駅伝部は、徹底された規律を重んじるような雰囲気を徹底されている。渡辺監督は2015年の春に、16年間日体大の駅伝部門を務めた別府健至駅伝監督の後継者として、また彼を引き継ぐ形で、自身の母校である日体大陸上脅威部駅伝部門総合監督の座についた。渡辺監督は学生駅伝界では“名物指導者”としてその名を知られている。1993年に愛知・豊川工業の監督に就任するやいなや、無名無冠の同校を全国の舞台へと14年間連続で導き続けたという輝かしい経歴を持っている。
彼は「自主性と自由は違う」という信条を胸に抱えて選手たちの練習を見ているそうだ。特に前監督時代は特に無かった生活管理を徹底するように指示し、各自が好きな時間に行っていたバラバラの朝食時間を、練習後という一つの時間帯へと統一した。

偉大な歴史を打ち立てたOB選手

服部 翔大選手は日本体育大学が輩出した日本の陸上競技選手で、現在はHondaに所属して活躍している。彼が入学年度の1回生時に開催された第87回東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)では3区を走り区間賞2位という優秀な成績を残すなど初年度から部の主力としてチームに貢献してきた。2回生時には、異例の主将に任命されて以降主将としてチームを引っ張った。
予選会を無事通過して出場権を獲得した第89回箱根駅伝大会では過酷な山登り5区を担当し、約30年ぶり記念すべき10回目となる総合優勝に大学を導いた立役者の一人だ。

まとめ

2017年度はどのようなチーム編成になっているのかとても楽しみだ。彼らのこれからの活躍に期待したい。

関連記事

おすすめの記事