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駅伝の強豪校「駒澤大学」駅伝チームの歴史

2016 10/4 00:52
駅伝
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Photo by AlexMaster/Shutterstock.com

箱根駅伝でも安定した強さを見せる駒澤大学は、どのようにして駅伝の強豪校として知られるようになったのだろうか。 本記事ではそんな駒澤大学駅伝チームの歴史をひも解いていく。

駒澤大学の名物監督・大八木弘明

駒澤大学の駅伝チームについて語るうえで絶対に外せないのが大八木弘明監督の存在だ。大八木監督は福島県で生まれ地元の高校で陸上競技に打ち込んだ。
卒業後に就職してからも陸上の練習に取り組み、24歳で駒澤大学の2部(夜間部)に入学、1984年から1986年には箱根駅伝で区間賞をとるなど活躍をした。その後、卒業してヤクルトの実業団チームで陸上競技を続けていく。
一方で駒澤大学の駅伝部は1990年代に入ると低迷し、渡辺康之を擁する早稲田大学やステファン・マヤカを擁する山梨学院大学が躍進する中、1995年には箱根駅伝で13位に沈む。その年の4月にチームは立て直しのため、コーチとして大八木弘明を迎え入れたのだ。

駒澤大学駅伝チームの躍進

大八木弘明をコーチに迎えた駒澤大学は、最初に迎えた1996年の箱根駅伝では総合12位と振るわなかったものの、その後は劇的に成績を上げていく。1997年に復路優勝を含めての総合6位と躍進すると、1998年と1999年には2年連続の総合2位という成績を残す。
戦力が充実して迎えた2000年の箱根駅伝では、5区で劇的な逆転を見せて往路優勝を果たすと、復路では1度も1位の座を明け渡すことなくリードを守って復路優勝を果たし、往復で1位となる完全制覇を成し遂げた。
2000年代に入ると完全に黄金期に入り、2002年から2005年まで箱根駅伝4連覇を達成、2004年には2度目の完全制覇を達成している。大八木コーチも2004年には手腕が認められ監督に就任している。

駒澤大学駅伝チームを変えた大八木監督の手法

大八木監督がコーチとして就任した当時、駒澤大学には一時男子マラソンの日本記録保持者にもなるほどの逸材・藤田敦史がいた。実は貧血気味の体質だった藤田敦司を一流のランナーにするため、大八木コーチは練習の質だけでなく選手の体づくりについても改革を行い、特に食事面に力を入れていった。
選手をしっかりと観察してその選手に必要な練習、食事を徹底して管理するやり方で駒澤大学を安定した強さを発揮する強豪チームへと育て上げた。またロードでの練習時には、軽トラックに乗って選手の後ろから怒鳴るというやり方も駒澤大学の伝統として続けられている。

2017年箱根駅伝の注目選手

2017年に開催される箱根駅伝で活躍が期待される選手の一人に工藤有生(くどう なおき)選手がいる。広島県生まれの工藤選手は、駅伝強豪校・世羅高校で陸上部に所属していたが補欠どまりの無名選手だった。
箱根駅伝に出場することを夢見て駒澤大学に入学すると、大八木監督の指導により才能が開花、2014年の全日本駅伝では1年生ながら5区を任されて、優勝に貢献した。
迎えた2015年の箱根駅伝では4区で区間新記録を更新する走りを見せるなど、あっというまに注目選手へ成長して周囲を驚かせた。2016年の箱根駅伝では2年生ながらエース区間の2区を任されると、区間4位の走りを見せて実力を証明した。
今後の成長が楽しみな選手だ。

まとめ

駒澤大学を強豪校に育てた大八木監督を中心に駅伝チームの歴史を紹介した。安定した強さにはやはり秘密があるのだ。

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