レイブンズ・サイドラインで起きた驚きの場面
NFL 2019シーズン第7週、ボルチモア・レイブンズ対シアトル・シーホークスの試合で驚きの場面があった。それは13対13の同点で迎えた第3クオーター、レイブンズの攻撃の最中のことだ。
シーホークス陣深くまで侵入したレイブンズだったが、自分たちのミスとシーホークス守備陣の奮闘により、ゴール前8ヤードのところまで迫りながらもフォースダウン2ヤードと攻撃が止められてしまう。ここはひとまず勝ち越すためにフィールドゴールを狙うという選択がより常識的であり、レイブンズのヘッドコーチ、ジョン・ハーボーもその決断と共にキッキングチームをフィールドに送り出した。
しかしだ。
サイドラインに戻ってきたクオーターバック(QB)ラマー・ジャクソンに近寄ったハーボーは彼に一言何かを尋ね、ジャクソンは一言何かを返した。それを受けたハーボーは審判のもとへと走り出し、なんとタイムアウトをコールしたのだ。そして一度決断をしたフィールドゴールを狙うという選択を反故にし、再びオフェンスチームを送り出したのである。
まさかの選択に沸き立つシーホークスのホーム、センチュリーリンク・フィールド。NFL屈指のクラウドノイズを誇るこのスタジアムの観客が、ありったけの叫び声を上げレイブンズの攻撃を妨害する。そしてそんな歓声の後押しを受けたシーホークス・ディフェンスへとレイブンズ・オフェンスが送り出したフォーメーションは、なんと変則の「シングルウイング」。QBのジャクソン以外走る選手がいないこのフォーメーションが送るメッセージは、余りに明快だった。
レイブンズはこの状況で力と力の勝負をシーホークスに挑み、そしてその結果は、試合のモメンタムを一気に引き寄せる最高の結果となる。そうレイブンズは誰もがそれとわかるジャクソンのランプレーをコールし、そしてタッチダウンを奪ったのだ。これにより大きく勢いづいたレイブンズは、その流れのまま第4クオーターを支配。最終的に30対16で強豪シーホークスに完勝した。
二人の信頼関係
このシーンで驚かされたことは幾つもある。まずハーボーが、試合の戦略的判断をQBに尋ね、決めたことだ。通常NFLクラスのヘッドコーチは、試合中にその様なことを決してしない。なぜならその判断をすることこそが、ヘッドコーチの仕事だからだ。しかしハーボーはジャクソンに聞いた。
そしてジャクソンの返答を受けると、すかさずタイムアウトを取った。再びオフェンスチームを送り出す時間が作れなかったからである。だが、拮抗した試合において、第3クオーター終盤に、選手の入れ替えのためにタイムアウトを浪費してしまうということがどういうことか、フットボールに詳しい方はわかるはずだ。第4クオーターの最終局面で、タイムアウトが残っておらず逆転に必要な攻撃が上手く行えなかった場面を何度も見ているはずだからである。そう、後半タイムアウトをなるべく使用しないことは、勝利を大きく左右する重要な要素でもあるのだ。しかし、それでもハーボーはタイムアウトを取った。ジャクソンの返答を受けて。
現地放送の実況がアテレコしていたように、おそらく二人の会話は「ギャンブルに行くか?」、「もちろんだ、行こうぜ!」で間違いないだろう。その二人だけの短いやり取りで、試合を決めるかも知れない重要な判断をハーボーは行ったのである。つまり、ハーボーはジャクソンの判断をそれほど信頼している、ということなのだ。まだNFLキャリア2年目の若手QBの判断を。それは昨年までハーボーと長年共に戦い、今年デンバー・ブロンコスにトレードで移籍した前エースQBジョー・フラッコとは、ついぞ持ち得なかった関係といっていい。
僅か二人目のQB
もちろんハーボーとフラッコとの間に信頼関係がなかった、ということではない。だが、フラッコ率いるオフェンスが彼の期待に応えられていたか、というとそうではなかった。なぜならハーボーとレイブンズの輝かしい実績は、常にその強力なディフェンスによるものだったからである。
とはいえハーボーにとって、フラッコが特別なQBであったことは間違いない。ハーボーがNFLのヘッドコーチとして初めてレイブンズで職を得たとき、その同じ年にドラフト1巡で指名したのがフラッコであり、それからの11年間を二人は共に戦い続けたわけなのだから。ただ、だからこそフラッコが率いるオフェンスの限界もハーボーは分かっていたはずだ。そしてフラッコでは決して届かなかったレベルのオフェンスを現在もたらしてくれているのがジャクソンなのである。このハーボーがNFLのヘッドコーチとして選んだ僅か二人目の若きQBが。
NFL最強のオフェンス
現在7連勝中のレイブンズのオフェンスは、第12週終了時点でランの総獲得ヤードが断トツの1位。パスも合わせた総獲得ヤードは、ダラス・カウボーイズにほんの僅か及ばず2位だが、総得点は1位と圧倒的な破壊力を見せている。またディフェンスも新加入の選手を何名か加えたことで整備され、連勝が始まった第5週以降は平均で僅か14.6失点しかしていない。その連勝した相手には、無敗だった昨シーズンのスーパーボウル王者ニューイングランド・ペイトリオッツも含め、今年のプレーオフ進出を狙う多くの強豪チームが含まれているのである。
そして今週末、ハーボーとジャクソン率いるレイブンズは、NFLトップの勝率とナンバー1のディフェンスを誇るサンフランシスコ・49ersと対戦する。プレ・スーパーボウルともなり得るこの試合へ、二人とレイブンズがどう臨むのか。今シーズンの大一番となりそうなこの試合への期待は、今大きく高まっている。